第17話

「上手くいったな。一反木綿の大旦那夫婦が喧嘩して木綿製品の製造に影響が出たのは知っていたが、理由が婚姻とは知らなかった。危うくボロを出すところだった。お前のおかげで助かった」

「そんなことはありません。貴方の作り話が良かったから合わせやすかったんです。私一人では怪しまれて連行されていました」

「現世の話題を出したのも良かったのかもしれないな。何にしてもこんなに笑ったのはしばらくぶりだ。弥彦が亡くなって以来だからどれくらいだ?」

「私もこんなに笑ったのは久しぶりです。いつもあやかしから逃げ回るような生活をして、あやかしが原因で人間関係も上手くいかなくて、ずっと周囲とは距離を取っていたから……」

「元からあやかしが見える体質だったのか?」

「はい……。生まれつき霊力が高い体質だったので」

「それは……苦労したな」


 労わってくれるとは思わず、弥生は男性の顔を凝視してしまう。


「だがこれで得心がいった。お前が鬼になれたのはその高い霊力によるものだったのだな。どうりで弥彦の強い妖力も受け入れられた訳だ」

「鬼に……あやかしになるのに霊力が関係しているんですか?」

「人間の持つ霊力とあやかしが持つ妖力は、名前が違うだけでほとんど同じ力だ。霊力が高い人間ほどあやかしになりやすいと言われている。現世で聞いたことはないか。人間からあやかしになった者の話。寺社で祀られていると聞いているが。そいつらも霊力が高かったことであやかしになれたと言われている」

「祀られているのは知っていますが、霊力が高かった話は初めて聞きました」

「霊力を持つ者が妖力に触れた時、または体内に取り込んだ時に、霊力と妖力が混ざり合い、より強い力に塗り替えると言われている。そして妖力が霊力を上回ると、人間からあやかしに変化することがあるという。絵の具もそうだな。大量の濃い色と少量の薄い色を合わせると、濃い色で薄い色が消えてしまう。霊力が薄い色で、妖力が濃い色だと思えばいいさ」

「霊力の方が妖力より高かった場合はどうなるんですか?」

「霊力の中に妖力が混ざり合って、霊力がより強くなる。その霊力を上手く生かした人間たちの職業が陰陽師や退魔師と聞く。ただ霊力が高くなった分、あやかしから狙われやすくなる。妖力を宿した霊力なんて、あやかしからしたらなかなか手に入らないからな。妖力を宿した高い霊力は遺伝しやすいと言われているから、ひょっとしたらお前の高い霊力というのは、妖力を宿した霊力持ちが家系にいたことによるものかもしれない」

「妖力を宿していたかは分かりませんが、うちで霊力を持っていたのはおばあちゃん……祖母だけでした。ずっと前にあやかしに襲われて、命を落としてしまいましたが……」


 おばあちゃんに続いて、自分まであやかし絡みで落命するとは思っていなかった。妖力を宿していた先祖に対する恨みと、その先祖のせいで呆気なく横死した自分に対する悔しさが込み上げてくる。そんな湿っぽい気持ちになった弥生を気遣ってくれたのか、男性が話題を変えてくれる。


「そういえば、まだ名前を名乗っていなかったな。俺の名前はおぼろ。朧月夜の朧だ」

「私は弥生と言います。三月の別名称とも言われている弥生です」


 弥生が名乗ると、朧は相好を崩して柔和な笑みを浮かべる。

 

「さっきの警察も言っていたが、今の時期に合う良い名前だな」

「ということは、ここも今は三月なんですか?」

「かくりよは現世の裏側にある。季節や時間の流れは現世と全く一緒だ」


 朧はラムネ瓶を持つと近くの軒下で溜まっていた水溜まりの前で膝をつく。ラムネ瓶を軽く洗うと立ち上がったのであった。


「風邪を引く前にそろそろ帰るとするか」

「帰るって、どこに……?」

「決まっている。俺の家だ。行くあても無いだろう。鬼の力を取り出せるようになるまで、うちで暮らすといい」

「いいんですか……? 私、部屋をめちゃくちゃにしちゃいましたが……」

「こんなところで野宿をさせた方が何があるか分からない。無論、タダでは住まわせない。後片付けと家のことを手伝ってもらう。鬼の力が無いと人間と同じく地道に片付けるしかないから不便だ。人間のやり方もさっぱり分からん……力を貸して欲しい」

「……っ! はい! しっかり片付けます!」


 弥生は残っていたラムネを飲み干すと、空の瓶を持って朧の後を追いかけたのであった。

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