第15話

「人から転生して鬼になったというのは分かりました。でもこの鬼の力を返してしまったら、私はどうなりますか……」

「……俺も直接見たことはない。だが、聞いたところによると、完全に妖力と魂が混ざり合ってあやかしになっていれば、今の俺のように人間同然のあやかしもどきとして残る。が、両者が解離したままだった時は、妖力と共に魂も霧散すると言われている。消えた魂がどこに行くのかは、誰も分からない……」


 歯切れの悪い男性から嫌な想像を巡らせてしまい、弥生の胸がうずく。それを押し流そうと、ラムネ瓶を開けると口をつける。

 乾いた喉に染みる冷たい炭酸が心地良い。瓶を傾ける度に、瓶の内側に入っているガラスのビー玉が音を立てるのも懐かしかった。

 

(美味しい……)

 

 ラムネ自体飲んだのは数年ぶりだった。祭りの縁日で飲んだのが最後なのでもう数年以上前だろう。

 祭り会場には人間だけではなく、あやかしも沢山集まる。祖母が亡くなってあやかしと関わらないようにしてからは祭りにも行かなくなった。

 ラムネに意識を向けていた弥生だったが、隣から視線を感じて目線を向ける。そこには空のラムネ瓶を手に男性が弥生を見つめていたのであった。


「顔についていますか?」

「何となく、弥彦に……横顔が亡くなった知人に似ている気がしてな」


 男性は弥生の角に触れると指先で軽く擦る。くすぐったいようなむず痒い感覚に、弥生は「ひゃ!?」と声を上げてしまう。


「これならもう石は投げられないだろう。今の姿なら他のあやかしと見分けも付かない」


 ラムネ瓶を鏡代わりにして覗き込むと、弥生の頭から角が消えていた。どんな手品を使ったのかと男性を見るが、男性はただ端的に「角が戻らない時はただ軽く刺激を与えれば身体の中に引っ込む」と教えてくれたのであった。


「生まれたばかりの鬼の子供は角が出ているからな。自分の意思で出し入れ出来るようになるまでこうして誰かに触ってもらう。子供に限らず、感情が昂ぶり、自分の意思で角が戻らなくなった鬼も扱いは同じだ」

「ありがとうございます……。気を遣っていただいて……」

「これで分かっただろう。鬼の力は人間には過ぎた代物なんだ。そろそろ返してくれないか? 今なら魂まで完全に鬼に染まっていないから、まだ間に合うはずだ。お前は消えず、輪廻転生して来世も現世で生を受けられる」

「どうやって返せばいいんですか?」

「それは自分が持っている鬼の力に聞いてくれないか。鬼の力の取り出し方は鬼ごとに違う。誰かが強い力を使って強引に奪おうとしない限りは、本人が死ぬまで取り出せない。鬼の力が無い今の俺には強引に取り出すことも敵わない。お前が返してくれない限りは」

 

 懇願するような男性の顔を見ていられなくて弥生は目を逸らす。返せるものなら返したい。でも返し方が分からなかった。さっきの暴風雨が止んだ後から鬼の力は眠りについたかのように鳴りを潜めてしまい、今は物音一つ立てていなかった。


「すみません。取り出し方が分からないんです。鬼の力も何も言っていなくて……」


 ラムネ瓶を両手で強く握りしめていると、「そうか」と男性は嘆息する。


「俺の力は別として、最初に取り込んだ風鬼の力が何も言っていないのなら仕方がない。明日まで待ってみるか」

「すみません……」

「そう何度も謝らなくていい。人間とはそういう生き物なのか。それとも弥彦の魂がそうさせるのか?」

「弥彦さん?」

「亡くなった風鬼の名前だ。割れたガラス瓶の中に入れていた風鬼の魂だ」


 ガラス瓶の中に入っていた緑色の光を思い出す。蛍のように暗い部屋で輝いていた緑の球体。それを男性は「亡くなった風鬼の魂」と呼んでいた。あれが弥彦の魂なのだろう。


「死んだばかりのあやかしの魂の中でも、妖力が高いあやかしの魂には生前の人格や意思が残っていることがあると言われている。その中でも鬼の力というのは扱いが難しく、魂に触れたからといって、自分のものとして受け継げる訳じゃないんだ。生前の人格が誰に自分の受け継がせたいか決めている必要がある。その相手は必ずしも同族じゃなくていい。他のあやかしや人間でも」

「弥彦さんが私に力を受け継がせたいと考えて、私をかくりよに連れて来たのでしょうか……」

「さあな」


 その時、石段を登ってくる複数の音が聞こえてきた。男性も気づいたようで、顔を上げると石段に顔を向けたのであった。

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