ラムネ瓶と偽装夫婦
第14話
「少しは落ち着いたか?」
埃だらけの拝殿の階段に座って屋根から落ちてくる雨垂れを眺めていると、どこかに行っていた男性が両手にラムネ瓶を持って戻ってくる。
男性の着物と草履は雨と泥ですっかり汚れて見るも無残な姿になっていたが、それは弥生も同じだろう。服は雨で濡れて、靴下は泥だらけであった。きっと化粧も落ちて、髪も乱れている。
「近くの湧き水を汲みにここを出たら、丁度ラムネ売りが売り歩きをしていた」
「ありがとうございます……」
男性からラムネ瓶を受け取ると、月明りが反射して瓶に自分の姿が映っていた。服や化粧が乱れていたのは思っていた通りだったが、それよりも驚いたのはその姿であった。
「あれだけ妖力を暴走させたんだ。しばらく目はそのままだろうな」
ラムネ瓶を見たまま固まった弥生に気付いたのか、隣に座った男性が自分のラムネの飲みながら答えてくれる。
弥生の目は男性が火球や水球を放った時と同じような金色に染まっており、頭の中心には小さな角が一本生えていた。顔の輪郭は人間だった頃より細くなり、目鼻立ちがはっきりしているような気がした。肩まで伸ばしていた黒い髪も腰近くまで伸びており、触ると絹のように掌から落ちる。
自分でありながら自分じゃない姿に、戸惑いを隠せなかった。
「こんな見た目なら、行く先々で女鬼って言われて誰も近寄って来なくても、おかしくありませんね……」
カラーコンタクトを入れたような鮮やかな金色の目と頭から生えた角。逃げていた時に女鬼と言われて恐れられた意味がようやく分かった。
こんな姿は鬼以外の何者でもない。人間だと言っても誰も信じてくれるはずがなかった。
「怖がられたのか?」
「化け物って言われて石を投げられました。当たらなかったんですが、ショックが大きくて……」
「……この辺りに住むあやかしたちは俺たち鬼を始めとする力の強いあやかしを極度に恐れている。そう気に病む必要はない」
「今の私は本当に鬼なんですね。この姿も人間の時から少しかけ離れています」
足を伸ばすと履いているズボンの丈が合っていないのか、足首が完全に露出しており、ボロボロになって汚れた靴下が丸見えだった。ラムネ瓶を握る手を見れば、指が長くなっており、袖から見えている手首から見える肌も雪のように白くなっている。昔、あやかしに襲われて転んだ際に負った掌の傷痕も跡形もなく消えていた。
身体中を確認しようと身じろぐ度に胸元が擦れて窮屈に感じられる。
どれも先週買ったばかりで、サイズが丁度合うものを選んだ。
ここまで合わなくなっているのはおかしい。身体が急成長して身長が伸びたとしか考えられない。
冷静になって思い返すと、目線もいつもよりわずかに高い気がした。視力が落ちて、遠くのものが霞んで見え難くなっていたが、今は夜目も効いているのかくっきりと見渡せていた。
よく変身を題材にした漫画やアニメなどで、身体が変化して洋服のサイズが合わなくなる描写があるが、今の弥生もそんな状態なのだろう。顔立ちや身体つき以外にも、変化しているところがあるのかもしれない。
自分の全身像を見てみたいが、自分が思っている姿と違っていた時を考えて、見るのが怖い。
「鬼の力がお前を最も適した姿にしたんだろうな。鬼の力に限らず、初めて妖力を受け取った人間は、妖力の元の持ち主に応じて、姿が変化すると言われている。お前の頭に鬼の証である角が生えたのと同じように、獣のあやかしから妖力を受けると耳と尻尾が生え、人型以外のあやかしから妖力を受けると全く別の姿に変化することもある」
はっきりとした原因は判明していないが、妖力と人間は相性が悪いようで、妖力を取り込んだ人間の細胞を作り変えてしまうらしい。その結果、急成長して老い込むことも、反対に退化して若返ることもある。
それだけならいいが、妖力による変化に身体が耐えきれず、原型が留められなくなって崩壊する者や身体が消滅する者、または人間だった頃の自我を失う者もいる。
そうなるかどうかは運も関係しているが、妖力の強さによるところが大きいという。
「そういう意味ではお前はまだ原型を留めて綺麗に変化した方だ。並の鬼より強いアイツの鬼の力を取り込んでも、人としての身体と元の自我を保っていられるのは、お前が強いか鬼の力との相性が良いからだ。あやかしでさえ、強い妖力には心身が耐えきれず、身体と自我を失うこともある」
「これで良い方なんですか? 自分がどんな姿をしているのか分からないので何とも……」
「俺から見ても鬼として最適な美しい姿をしている。妖力を取り込んで細胞が活性化したことで、人間だった頃に途中で止まっていたものが成長して、花開いたのだろう。自信を持て。あまり深く考えず、今は人間から鬼に生まれ変わったくらいの気持ちで構えていればいい。実際、人間の魂が、妖力を得たことで鬼として受肉したんだ。生まれ変わったのも同じだろう」
さらりと言って男性がラムネ瓶を口にしたところで、弥生は容姿を褒められたことに気付く。頬が赤く染まっていくのを感じながら、不安を吐露する。
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