第13話

「馬鹿か!? ここで死ぬつもりか!?」


 弾かれたように振り向いた弥生の視界で、紺と青の縞模様が動く。ほんの瞬きをする間に、弥生は抱えられると地面に倒されていた。

 さっきまで弥生が座っていた場所に無数の屋根瓦が降り注ぎ、砕けた屋根瓦の破片と落下の衝撃で跳ねた泥が辺りを舞う。

 けれどもそれが弥生に当たることは無かった。紺と青の縞模様の着流しを纏った先程の男性が屋根瓦の煙雨から庇ってくれたからであった。


「ぐうぅ……くうぅ……っ」


 土と雨の臭いが辺りを漂う中、近くで声が聞こえてきた苦悶の声に、弥生は反射的に瞑っていた目を開く。

 目の前には崩れ落ちてきた屋根瓦から弥生を庇うように男性が覆い被さっており、屋根瓦の破片が当たったのか、顔を歪めながら小さく呻いていたのだった。


「あっ……」

「命を……粗末に……するな……っ!」


 男性は掠れ声でそれだけ呟くと、弥生の上からそっと退ける。やはり痛むのかその場で背中を丸めると身体を押さえたので、弥生も歪む視界を手の甲で拭いながら身を起こしたのだった。


「ごめんなさい……私のせいで……」


 涙声になりながら男性の身体を支えようと手を伸ばすが、今度は拝殿を囲む木々から嫌な音が聞こえてくる。

 この狂風で限界が来たのかもしれない。ここにいたら今度は倒木の下敷きになってしまう。


(自分はどうなってもいい。せめてこの人だけでも)

 

 腕を下ろして距離を取ろうとするが、男性は咄嗟に弥生の腰に片腕を回すと身体を引き寄せる。弥生はどうにか藻掻いて男性から離れようとするが、屈強な腕に腰を掴まれて身動きが取れずにいた。焦りを募らせる弥生の姿から考えを見抜いたのか、男性は安心させるように静かな声音で言葉を紡ぎだす。


「大丈夫だ。大丈夫だから落ち着け。ゆっくり深呼吸をするんだ。そうしたらこの嵐は収まる」

「で、でも、その前に木が倒れてきて、貴方が潰されるかも……」

「そんなことは気にしなくていい! 何があっても側についている。木が倒れようとも俺が庇う。もっと肩の力を抜いて、俺に呼吸を合わせろ! 気持ちを落ち着けるんだ……!!」


 言われた通りに何度も息を吸っては吐いてを繰り返す。その間も男性は弥生を安心させるように腰に回した手で背中を擦り続けた。まるで泣きじゃくった幼子を落ち着かせるような優しい手つきに弥生の心が次第に落ち着いてくる。

 そんな弥生に呼応するかのように風雨は弱まると、徐々に雨雲が霧散していく。やがて暗雲が立ち込めていた灰色の空は、無数の糠星が輝く宵の空へと姿を変えたのであった。


「嵐が止んだ……」

「そのようだな」

「もう二度と星空を見られないと思っていたから……」


 男性の腕の中から呆けたように空を眺めていると、緊張の糸が緩んだのか力が抜けて、両目から涙が溢れてしまう。そのまま身を委ねて泣いていると、そんな弥生を慰めるように男性がそっと抱き上げたのだった。

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