第20話

(もしかして、ちょっとどころじゃなくて、大分変化した……? )


 変化した自分の姿を受け入れられず、姿見の前で呆然としてしまう。一糸まとわぬ姿で姿見に映っていたのは、弥生の雰囲気を残したほとんど別人と言ってもいいような可憐な大和撫子であった。

 洋服のサイズが合わなくなったところからある程度の予想はついていたが、まさかここまで違うとは思っていなかった。朧や警察官が綺麗とは言っていたものの、お世辞だと思って本気にしていなかったというのもあるが……。

 自画自賛になるが、今の自分の姿はこれまで見てきた女性の中で一番可愛い。

 ぱっちりとした大きな黒目と長い睫毛、小さな鼻も含めてすっきり整った顔立ち。雪のように白い肌、無駄な肉がついていない細長い手足という絶妙なバランスを取りつつも、女性らしい丸みはしっかりと帯び、出るところはきっちり出ている魅惑的な身体つき。それら全てが弥生の色香を引き立たせ、より魅力的にさせているのだろう。着物が似合いそうな、どこか奥ゆかしいお嬢様といった清楚さも良い印象を与えているのかもしれない。

 無愛想な日本人形といった、昨日までの野暮ったい弥生とは大違いだった。

 見た目だけなら、学校や職場では褒めそやされて、幾人もの異性から言い寄られそうな、苦労なしの人生を歩める勝ち組といったところだろうか。綺麗な顔立ちでありながらも嫌味を感じさせられないのは、元になった冴えない自分の片影なのか。

 

(妖力の影響で細胞が活性化するとは聞いたけど、ここまで姿が変わるものなんだ……)

 

 艶やかな唇を弓のように細めて引き攣った笑みを鏡に向けると、少女らしさを含んだ愛らしさが優美な顔に現れる。試しに両頬を引っ張って変顔をしてみれば、鏡の中の美女まで同じことをした。美女が変顔というのは愉快というより奇妙だった。――悪夢に苛まれそうなので、今の姿で変顔は止めよう。特に人前では。


(あの暴風雨といい身体の変化といい、あやかしの力って凄い。奇跡の力みたい)

 

 これまでの自分とは真逆の姿に戸惑い、次いで妖力が人間に及ぼす影響の大きさに圧倒される。美人は三日で飽きると言われているが、それでも慣れるまでは鏡を見る度に美女――鬼としての自分の姿に狼狽えそうであった。

 あやかしに狙われ、そのせいで対人関係がなかなか上手くいかず、時には不和が生じたこともあった。それでいつの頃からか地味で目立たない「普通」の女性になっていた。元からあまり派手な外見ではなかったこともあり、壁側に控える地味女になるのは簡単だった。

 目立たなければ、声を掛けられない。心を許せる友も、深愛を寄せる恋人も出来ないが、代わりに弥生と関わったことで相手をあやかし絡みの問題に巻き込む心配もしなくていい。

 弥生と親密な関係になったことで、相手まで危険に晒してしまうのは心苦しかった。それなら誰とも親しくならず、ある程度距離を置いた方がいい。それでこれまでずっと親しい友達も出来ず、年齢と彼氏いない歴が同じになってしまった訳だが……。

 

(ここなら……いまの私なら友達や彼氏が出来るのかな。あやかしの友達と遊んだり、あやかしの彼氏とデートしたりして……)

 

 相手があやかしなら弥生の事情を分かってくれるかもしれない。今まで誰にも理解されなくて、話したくても話せなかった、あやかしに命を脅かされ、人並みの幸せを一通り手放してきた弥生のことを。

 朧からは家の中のものは自由に使っていいと言われたので、石鹸や手拭い類をありがたく借りることにする。

 頭からシャワーを浴びて身体を洗っていると、扉の外から声を掛けられたのだった。


「着替えを持って来たから自由に使ってくれ。部屋にも置いておく」


 用件だけ話すと、礼を言う前に朧はすぐに出て行ってしまった。弥生はそっと扉を開けると着替えを確認する。

 木で編まれた脱衣籠の中には、旅館でよく見かけるような明らかに女性ものと思われる薄桃色の寝巻きが置かれていたのであった。


(朧さんのものじゃないよね……?)


 気になりつつも、弥生は浴室に戻って程よく身体を温めたところで浴室を出ると、用意してもらった寝巻きに着替える。備え付けのドライヤーで髪を乾かすと、朧から借りた客間に戻ったのだった。


(部屋に置いた着替えって、あれかな?)

 

 客間に入ると、部屋の真ん中に敷いた布団の枕元に朧が話していた着替えが一式置かれていた。濃紺色の生地に小花柄の小紋と薄茶色の帯、白の帯締めに白と茶の帯留め、といった大人っぽい色でありながらも可愛らしい着物に、弥生の心がわずかに弾むがすぐに沈んでしまう。


(どうしよう。着物の着方、分からない……)

 

 せっかく用意して貰ったものの、着物を着たのが数えるほどしかない弥生には着方が分からなかった。朧に聞くと余計に気を遣わせてしまうかもしれない。


(こんなことなら、おばあちゃんに着方を聞いておけば良かった……)


 弥生の祖母は基本的に洋装だったが、外出の時は和装姿になることが多かった。祖母なら着物をどう着たらいいか知っていただろう。現世と違って手軽に調べられない以上、ここでは誰かに聞くしかない。それでも鬼の力を取り出すまで、一時的にお世話になっているだけの朧にあまり迷惑を掛けたくなかった。既に弥彦の風鬼の力だけではなく、朧の鬼の力まで取ってしまったことで、朧を困らせている。これ以上の負担は掛けさせたくなかった。

 一応さっきまで弥生が着ていた洋服は、風呂に入る前に洗濯して、ハンガーに掛けて干してはいるが、明日の朝まで乾くか分からなかった。


(多少生乾きでも着よう。どこかで洋服を手に入れられればいいんだけど……)


 布団に寝転びながら明日の服について考えている内に、疲れが出てきたのか少しずつ睡魔が襲ってくる。

 今後の心配をして眠れなくなってもおかしくないのに、こんな状況でも眠くなるのは朧が悪い人では無いからだろうか。それとも朧に信頼を寄せているからなのか……。

 気がつくと、弥生は両目を閉じて眠りの世界へと落ちていたのであった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る