第19話
「俺の両親も水と火で属性が違っていた。俺は父の力である水鬼として生まれたが、その後母が亡くなり、俺が力を受け継ぐことになった。それが火鬼の力だった」
「朧さんの火の力はお母さんの力だったんですね……」
「違う属性を受け継いだ分だけ身体への負担が大きくなる。風鬼だった弥彦が亡くなって、弥彦の力も受け継ぐつもりだったが、さすがに三属性を扱うのは難しいと思っていた。もっとも三つ目に限らず、全ての力は別のところに行ってしまったが……」
「すみません……」
「謝るな。ほらもうすぐ着くぞ」
窓から逃げた時はゆっくり眺めている暇が無かったが、朧の家は昔ながらの日本家屋で、小さな日本庭園や和室以外にも縁側や洋室、書斎もあった。
「大きなお屋敷ですね……」
「これで驚いていたら上町なんて歩けないぞ。この辺りの屋敷を全て足しても一軒には程遠い土地に住んでいるからな」
朧が開けてくれた門から敷地内に入ろうとした弥生だったが、門前に掛けられた表札に首を傾げる。
「鬼無し……里?」
「
「あの、お父さんは……?」
「……長らく別々に暮らしている。あまり親子仲が良くなくてな」
そのまま中に入った朧に続いて、弥生も敷地内に足を踏み入れる。
割れた窓ガラスや荒れた室内は弥生が出て行った後、部屋に倒れていた朧を介抱した近所の人たちが片付けてくれたようで、壊れていないものは部屋の隅に、割れてしまったものは新聞紙に包まれて玄関に置かれていたのだった。
夕食の時間も過ぎたからか全員帰宅したようで弥生たちが帰宅した時には誰もいなかったが、近所の家々に灯る明かりが二人を出迎えてくれているような気がして、弥生はどこか温かい気持ちになるとつい笑みを浮かべてしまう。
「明日にでも礼を言いにいかなければならないな……」
「皆さん、優しい方ばかりなんですね。部屋の片付けだけじゃなくて、私たちが掃除しやすいように荷物もまとめてくれて……」
玄関で汚れた靴下を脱いだ時に、ガラスを踏んで足裏を切ったのを思い出して手足を見るが、傷はすっかり癒えていた。
(あれっ?)
その時に流れた血の痕は靴下に残っていたので怪我をしたのは間違いない。ただ傷口だけが綺麗さっぱり無くなって、怪我を負う前の状態に戻っていた。これも鬼の力が身体に及ぼす影響なのだろうか。
(鬼の力って、便利かも)
背中を丸めながら上がり框に座って草履を脱いでいた朧に聞こうと振り向いた弥生だったが、朧が痛みを我慢するように背中を丸めて眉を顰めていることに気付く。まるで背中を怪我したかのように庇う姿に、弥生はハッとして青ざめる。
(もしかして、さっきの屋根瓦で怪我を……!)
先程、崩れ落ちる屋根瓦から弥生を庇った時に傷を負ってしまったのだろうか。今更ながら、自分が犯してしまった罪の大きさに身体が震える。力が暴走していたとはいえ、朧を巻き込んでしまった。あやかしでも屋根瓦が当たったらひとたまりもないだろう。死んでいてもおかしくない。どこが痛むのか、医者を呼んだ方が良いのか。弥生が逡巡していると、視線に気付いたのか朧が顔を上げたのだった。
「俺の顔に何かついているのか?」
不機嫌そうな顔で睨んできたので、弥生は聞きたい気持ちをぐっと堪える。ここで下手に聞いたら視線で射貫かれそうだった。ここに至って、ようやく弥生は自分と朧の関係を思い出す。さっきは警察官を誤魔化すために恋人と偽ったが、所詮は赤の他人。それも今日知り合ったばかりの間柄だと。
朧の優しさに甘えてしまいそうになるが、それも弥生が弥彦と朧の鬼の力を持っているだけのこと。持ち逃げされないように丁重に扱ってくれているだけ。鬼の力を回収したのなら、朧との縁は切れてしまうだろう。今度こそ獄卒というあやかしに引き渡されるかもしれない。
迂闊に他人のテリトリーに踏み込むような真似は止めて、いつでも離れられる距離にいた方が良い。
それが自分が抱えるあやかし関係のトラブルに周囲を巻き込まないように、人間だった弥生が身に付けた処世術であった。
「いえ。さっきガラス片で切った足の裏の傷や、昔転んで怪我を負った時に出来た傷痕が無くなっていたので、どうしてか気になって……」
「そんなの。鬼になったことで妖力が治癒力を向上させて、お前が負った傷の治療を促進させただけだろう。さっきも言ったが、妖力は細胞を活性化させるんだ。本来なら時間を掛けて治すはずの怪我も、妖力が細胞を活性化することで回復を早める」
あやかしは人間よりも寿命が長く、治癒力も高いので不死身に近い。加えて成人すると身体の成長や老化が遅くなるので不老不死でもあるらしい。
寿命や治癒力は妖力が関係しており、妖力が強いほど不老不死になるが、それでも病気や自力での治癒が困難な怪我を負った時は妖力の強弱に限らず死んでしまうとのことであった。
夜も更けてきたので、片付けは明日やることにして、弥生は先に沐浴した朧の勧めで雨や土埃で汚れた身体を流すことにした。
浴室は木の温もりを感じる壁と浴槽、昔ながらの石造りの床で出来ており、子供の頃、定期的に泊まりに行っていた祖母の家を思い出して懐かしい気持ちになる。シャワーに加えて、備え付けの姿見があったので、ここでようやく弥生は全身を見ることが出来たのだった。
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