第2話 印象的


「なあ、タクヤ。お前タバコ同士でキスってしたことある?」


 翌日、セミが鳴いている大学の庭のベンチで昼飯を食べながら同じゼミ生のタクヤに昨晩出会った女性の話をした。


「ねぇよ、なにそれ、相手は?」

「女の人、俺らより年上かそんくらいの人で、髪は長くて…」


 女性の容姿などを事細かに説明した。


「なにそれ!それめっちゃエロいな!マサキ羨ましいわ」


 その言葉は思ったよりも大きくて、周りの人の注目を一瞬浴びたが、そんなことを気にせずタクヤはそう言いながら手に持っていたパックのリンゴジュースを飲み込んだ。勢いよくリンゴジュースを飲み干したタクヤはパックを握りつぶしてゴミ箱に投げ入れた。


「よし!俺決めたわ!俺もその女の人と会って、その後は…」

「うん、聞かないでおくよ。」


 そう言ってタクヤの言葉を遮った。これ以上周りの目を気にしたくはなかった。

周囲から感じる冷たい目線で手元にある缶コーヒーがより一層冷たく感じた。暑い夏の中、吹く風と日照りさえも既に秋を感じさせようとしているのかと思って、急いでその場を去った。

 なんだかんだと言って午後の講義は頭に入ってこなかった。それどころか、涼しい講義室の中は眠りに着くには丁度いい環境となっていた。昨日出会った彼女は一体何者なのか分からなかったままモヤモヤとした気持ちだけが講義中に頭の中を巡っていた。

 講義が終わるとそのまま昨日の疲れが残っていたのか、家に帰るとご飯も食べずに知らない間に眠りについていた。




「今日は来てくれなかったね」

 暗い公園のベンチに座っていた俺に髪の長い女性が顔を覗かせてきた。状況もわからないまま俺は女性の顔をじっと見つめていたが、どことなく見たことがあるようで、しかし思い出せないまま見つめていた。

「私、今日も待ってたのに。」

 もの悲しそうな顔で女性は呟くと、ふっと体を後ろの方に向けてブランコの方に向かって歩いて行った。

「君、名前は何て言うの!?」

 歩いていく女性に向かって俺は声を上げた。しかし、女性は振り返ることも、返事をすることもなくブランコに座った。そのままこっちを見てニコッと笑うだけだった。俺も女性に近づいてブランコの方に向かったけれど、どれだけ歩いてもブランコには近づいて行くことができなかった。

 どれだけ公園の木々を抜けてもブランコは近づいてくることもなければ、むしろ遠ざかっているような気がした。

 気がついた頃には、段々と女性は遠くに消えてしまっていた。



 それが夢だと気づく前に目が覚めた。そして電子時計を見ると時間は2:46を指していた。どこか見たことがあるように感じた女性の顔を思い出すことができないままトイレに起き上がった。その後一杯の水を喉に通すと再び俺は眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る