白煙

田土マア

第1話 間接的

 夜も静まり返った頃、星空を見上げながら大学の研究室を後にした。街灯もない大学の道を歩きながら空を見上げると空は曇っていたけれど、満月がチラチラとこっちを覗いていた。そのおかげか、夜は少し明るかった。休憩の時間もあまり取れずに課題にのめり込んでいたため、帰る前に喫煙所に立ち寄った。そこは自転車置き場を改築して灰皿を置いただけのような喫煙所で、そこには既に先客がいた。

 月夜に照らされて、ただ静かに虚空を見つめ煙が月に向かってふわふわと昇っていく。整った顔立ちでスタイルもいい女性。肩甲骨くらいまで伸びた黒い髪がシャンプーのCMのようにサラサラと艶やかだった。大人びた姿に少し見惚れてしまうほどだ。

 少し距離をあけたところで、俺は白い箱に入ったタバコを一本抜いて火をつけようとした。そこで気がついた。ライターを忘れてしまってた。何度かポケットや鞄を漁るが、どこにも見当たらなかった。喫煙者として忘れることがどれだけ致命傷になるのか、分かっていたはずだった。

「貸そうか?」

ライターを持っていないことに気がついた女性はそういって俺に一歩二歩と確実に歩みを進めてきた。

「ありがとうございます」

そう言って俺は当たり前のように女性の手に握られたライターに手を伸ばした。しかし、ライターは女性が咥えていた二本目の新しいタバコに近づいていく。

女性のタバコの先が赤く光った後に

「ほら、咥えて」

それがさも当たり前かのようにそう一言言われた。自分の吸う銘柄じゃないタバコを吸うのか。と思って女性が咥えたままのタバコに手を伸ばす。

「違う」と冷たく言われて俺はどうしたらいいのか分からないまま戸惑っていた。

「自分のタバコ、咥えて」

言われるままに自分のタバコを咥えると、女性の顔がすぐそこまで迫ってきていた。

女性のタバコの赤く染まった先端が俺のタバコの先端と重なり合う。そのまま息を吸い込むと俺のタバコの先にも火がつく。

 俺は何が起きたのか数秒理解出来なかった。

「ついたでしょ?」

脳の理解が追いつかない俺に女性は淡々とタバコを吸っていた。また煙が宙に舞っていった。

 それ以上に話すこともお互いないまま女性は、自分の一本を吸い上げるとどこかへ消えていってしまった。

 俺にはタバコ同士の間接キスというなんとも言えぬ感覚がモヤモヤして残っていた。

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