エピローグ

第90話 それぞれの未来 ①

 あの恐怖のゲームをクリアーしてから、一ヶ月が過ぎていた。


 驚いたことに、あの日から時間はまるで進んでいなかったのだ。


 それに、ほとんどの人が向こうの世界の記憶を失ったらしく、調べてみても被害者なんて人は存在しなかった。


 あの世界は魔王の夢だった。

 僕たちは皆で夢を見ていたのだ。


 これはある意味では夢オチというやつではなかろうか。

 夢オチなんてサイテーである。


 まあ、ラストが爆発オチだったので今更ではあるが……

 ちなみに僕たちのパーティーだけは、全員が記憶を保持していた。

 クリアー特典みたいなものだろうか。


 そんなわけで僕はあの世界で大きく成長した。

 あの時の経験を糧に大きな一歩を踏み出すのだ!

 と、思っていたのだが……


「はあ~」


 元の世界に戻ってからも、相変わらず友達は誰もいません。

 そして、僕が最弱人間なのも変わりません。


 結局、僕は以前と何ら変わらない毎日を過ごしている気がする。


 あれ、おかしいな。

 自分を乗り越えて、人として大きく成長したはずの僕が、なぜこんな目にあっているのだろう。

 ひょっとして、この現実世界こそが夢なのか!?


「兄さん? ため息なんてついて、どうしたの?」


 そんな時、千奈が僕の顔を覗き込んできた。


「千奈か。ちょうどいい。僕の頬を思いっきり引っ張ってみてくれ!」


「あら? 兄さんからプレイを要求してくるなんて、珍しいわね。じゃあ、遠慮なく」


 千奈が思いきり僕の頬を引っ張る。


「痛たたたた……くない。あれ? 痛くないぞ? そうか! やはりこの世界こそが夢だったのだ! 本当の僕は、異世界にいるんだ!」


「うん。兄さんの頭は寝ぼけているようね。兄さんは痛みを感じないから、頬を抓っても夢かどうかの確認なんてできないわよ?」


「そうだった」


 危うく自分の体質のことを忘れるところだった。

 結局、僕の体質は治っていない。


 これは僕の妄想だから、その気になれば治るはずなのだが……。


 僕が本当に『変わった』と納得できるまでは、治らないのかもしれない。


「あの世界の痛みですら、兄さんの体質は治せなかった。やはり兄さんの体質を治すには、私の愛(物理攻撃)しかないようね。ふふっ」


「怖いよ! 千奈の愛(物理攻撃)が重い。重いってのは気持ち的なことじゃなくて、攻撃力のことね。でも、もう治らないんじゃないか、これ」


「そんな悲しいことを言わないで? 私は兄さんに立派なサンドバック……じゃなくて真人間になってほしいの」


 今、一瞬サンドバックって言ったよね?

 今度こそはっきり言ったよね!?


「やれやれ、もう好きにしてくれ」


 ちなみに、あれからも『俺』の反応は無い。

 やはり、あの世界で消滅してしまったのだろうか。


 それとも、眠っているだけだろうか。

 でも、いつかまたあいつと対話する日が来る。僕にはそんな予感がするんだ。


「ん?」


 そんな事を思っていると、いきなり家の呼び鈴が鳴り響いた。


「やれやれ。また来たわね」


 呆れたような言葉とは裏腹に、千奈が嬉しそうに玄関へ向かう。


「来ちゃいました! えへへ」

「ああ、いらっしゃい。ヒカリ」


 ほどなくして僕の部屋に入ってきたのはヒカリだった。

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