第89話 さよなら僕の大冒険

「まったく、まさか兄さんが命を捨ててまで私達を助けるなんて1%も思わなかったわ。よく先読みしたものよ」


「悪かったね!」


 最近の千奈は僕に対して厳しい。


「兄さんはいつだってそうだったわ。普段は自分のことしか考えていないくせに、人が危なくなったら命を捨ててまで助けようとするのよ。こんな生意気な妹を庇って、交通事故にあうくらいだからね。でも、もう少しだけ自分を大切にしてほしい」


「…………」


 その時の千奈は優しいような、寂しいような、複雑な表情をしていた。


「千奈……ごめん。僕はお前を庇ったわけじゃない。本当は……」


「言わないで。兄さんのおかげで私は生きている。それが全てよ」


 千奈は全部を分かっていたのかもしれない。

 その上で、僕に恩返しをしてくれていたんだ。


 何はともあれ、どうやら僕は助かったらしい。

 まだまだこんなところで死ぬわけにはいかなかったようだ。


(はあ~。まあ、色々あったけど、これからもよろしくね。『俺』)


(…………………)


(…………俺?)


 返事が無い。

 いや、『俺』の感覚自体が存在しなかった。

 つまり、これは……


「なんだよ。あいつ、勝手に逝きやがって」


 ネビュラの自爆で、あいつだけが消滅してしまったのだろうか。

 それとも、『俺』は結局、僕の妄想だったのか?


 どちらにせよ、最後の挨拶くらいはしていけよ。

 普段から礼儀がどうとか言っているくせに、本当に最後まで勝手な奴だったよ。


「トオルさん?」

「あ、ごめん。なんでもないよ」


 誤魔化す僕を、千奈がじっと見ている。


「…………そう。寂しくなるわね」


 千奈は分かっているらしい。

 この子には通用しないか。


「ん? あれ?」


 急に景色が蜃気楼のように薄れていく。

 いったい何が起きたんだろう?


「魔王を倒したから、元の世界に戻るみたいだぜ」


 リルが周りを見渡しながら説明する。

 そうか。

 この恐ろしいゲームも、ここで終わりか。


「これにて闇のゲームはクリアー。なかなか面白いゲームだったぜ。ククク、ラスボス戦は、鬼畜ゲ―だったけどな」


 まるでゲームの一つを終えたかのように、さっぱりとしたリル。


 彼女にとってはこの恐ろしい死のゲームも、ちょっとした鬼畜ゲーの一つだったのかもしれない。


「ああ、そうだ。この漆黒の贈り物を受け取るがいい」


 何かを手渡された。


「ん? これは……アドレスか?」


「約束通り、更なる闇が主らを待っている」


「…………ああ、オフ会の事ね」


「いいですね! そうだ! トオルさんの住所も教えてください! 私、帰ったら真っ先に会いに行きます!」


「分かった。楽しみに待っているよ」


 ヒカリ達に自分の住所を教える。

 この世界が終わっても、皆との繋がりは消えないんだな。

 そう思うと、胸が高鳴ってきた。


「ククク、ではまた会おう。諸君らに闇の加護を……」


 そうしてリルは光に包まれてこの世界から去っていった。

 最後まで中二病な子であった。


「変わった子だけど、いい子だったよ」

「そうね。兄さんは人の事を言えないけど」


 今度は千奈が光に包まれる。


「まあ、楽しいゲームだったわ。じゃあ兄さん。戻ったら、今度こそお昼ご飯にしましょう。今日のお昼はハンバーグよ」


 そうして、軽口を叩きながら千奈も元の世界へ帰っていった。


 そういえば、現実は昼ご飯の前だったな。

 長い食前の運動だった。


「後は私達だけですね」

「そうだね」


 僕とヒカリが同時に光に包まれ始める。


「トオルさん。ありがとうございました。私、この世界でやっと自分のことを認めることができました。トオルさんに出会ったおかげです! 戻ってからも、私達は一緒ですよ!」


「もちろんだよ」


「元の世界に戻ったら、絶対にオフ会しましょうね!」


「うん。楽しみだね」


 またフラグっぽいことを言った気がするが、大丈夫だろう。


 僕達はフラグすら乗り越えることができるのだから……。


 こうして、僕の冒険は終わりを告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る