第87話 魔王の本音

 『俺』が最後に選んだ時間は魔王との対話だった。


「はあ? 私とお話し?? 何を考えているのです??」


「俺は話すのが好きなんだよ。ずっと封印されていたからな。あんたの事を教えてくれ」


 僕は心の中で苦笑してしまった。

 最後にする事が、こんな極悪魔王と仲良く対話なんて、ありえない。


 そう言いたいが、ある意味では俺らしい行動だと思えた。

 『俺』には正義も悪も無いからな。


 それに実の所、僕もちょっと興味があった。

 むしろ最後に相応しい時間なのかもしれない。


「この世界は、私の夢なのです。神様が私の為に作ってくれた世界です」


「ほう」


 ネビュラが渋々語りだした。

 彼女も最後に思うところはあるようだ。


「私は元々、ゲーム好きの中二病で、それで酷くいじめられて自殺をした少女でした」


「ったく、あんたもそのタイプかよ。どいつもこいつも、自殺しすぎだ」


 ネビュラも僕と同じだったのか。


 いや、よく思い出したら、リルの主人格もそうだった。


 もしかしたら、この世界にはその手の人間が召喚されやすいのかもしれない。


「私を不憫に思ってくれた神様が私をこの世界の主人公にしてくれました。私が思う私の為の私が望んだゲーム世界です」


「つまりあんたこそが正真正銘、だったわけだ」


 異世界転生。

 誰もが喉から手が出るほど欲しがるほどの理想郷。

 彼女はそれを叶えた存在だった。


「私はそれで沢山のゲーム好きの中二病の人たちを現実世界から召喚しました。神様から貰ったこの力で、中二病の人が楽しめるゲーム世界を作りたかったのです」


「現実世界から召喚できんのかよ!? とんでもない力だな」


「ふふ、私は『認識操作』すら自由に操る事ができるのです。誰も問題として、違和感を覚えなかったでしょう?」


 ゲーム世界に召喚されるのは現実世界なら大きな問題のはずだが、皆が都市伝説として流していた。

 これも魔王の認識操作の力だったのか。


「お前、その力を使ったら、余裕で俺たちに勝てたんじゃないか?」


「そんな勝ち方をしてもつまらんでしょう。私もゲーマーの端くれですからね」


「ふ、なるほど」


 どうやら、独自の拘りがあったようだ。

 ネビュラも『俺』と似た感覚の持ち主かも知れない。


「いざこの世界を楽しんでいる人たちを見ていると、なんか悔しくなってきたんですよね。私はいじめられて、自殺したのに、なんでこいつらは楽しそうにしているんだ? 中二病なんて、私みたいにいじめられて、苦しんで死ぬべきだ。だから、私は魔王となりました」


 神様から貰った力で楽しい理想の世界を作るはずが、いつの間にか復讐をしてしまったわけだ。


「なるほど。まあ、復讐は気持ちいいよな。でも、それならお前をいじめた奴に復讐をすればよかったんじゃないか?」


「……そうですね」


「どうやら、復讐相手を間違っていたようだな?」


「うるさい。それ以上に、私みたいな人間が楽しく生きている事が、許せなかったんですよ。私みたいな中二病は、苦しむべきなんです!」


「くく、そうか」


「……………………なによ。なに笑ってんのよ!」


 急に口調が変わる魔王。

 目には涙が滲んでいる。

 これが人間だった頃の『本当』の魔王なのだろうか。


「あんたも、私を最低だと思ってるんでしょ! 私を責めなさいよ!」


「ここは、お前の夢の世界なんだろ? 好きにすればいいさ」


「あんたに邪魔をされて、好きにできなかったんですけど~。負けてしまったんですけど~っっ!」


「そういう事もあるさ。俺も好き放題したい人間だからな。悪いな」


「なんであんたは中二病の癖に、そんなに楽しそうにしてんだよ! ムカつく! 私みたいにいじめられて、自殺すればいいのにっっ!」


 ここに来て魔王の本音が出来てきたようだ。

 最後だし、彼女もヤケクソになっているのかもしれない。


「いじめられようが、貶されようが、好きに生きればいい。自分を責めるなんてつまらんだろ。自分をイジメる奴はぶち殺して、自分の味方だけを生かす。その方が気持ちいいと思うぜ」


「なにそれ。最低の自己中野郎だね。気持ち悪い」


「ああ。お前も自己中に気持ち悪く生きてみたらどうだ? ここはお前の夢の世界なんだろ。死後の世界なら、もっと楽しめよ。今のお前は、あんまり楽しそうに見えないぞ」


「ウザいっっ!」


 ヒステリックに叫ぶネビュラ。

 だが、次第に落ち着いて来たのか、大きなため息をついた。


「………………でも、次からそうする」

「そりゃ結構だ」


 そうしてネビュラの体が禍々しく光りだす。

 ついに臨界点を突破したようだ。


「最後だ。せめて『最高の刺激』をくれ。楽しみにしているぜ」


「ふん、最後まで気に入らない男だよ」


 そうして魔王の体が爆散した。

 彼女が最後に見せた表情は悔しそうだが、どこか満足そうな不思議な表情だった。


 恐ろしいほどの爆炎が僕たちの体を包み込む。


 みんな、ごめん。さよならだ。


 でも不思議なものだ。

 いざその瞬間を迎えた僕は、かつてないほど爽やかな気持ちでいっぱいだった。


 ああ……これが「死」の痛み。僕らが求めていた『最高の刺激』……か。

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