第42.5話 千奈
その夜、僕は夢を見ていた。この世界に召喚される少し前の夢だ。
「……………千奈?」
いきなり千奈が僕を押し倒してきた。甘い香りが僕の鼻孔をくすぐる。
「遠慮は…………しない」
そして何を思ったか、千奈が両手で僕の首を絞めてきた。
「うっ……」
千奈の突然の行動に驚いた。
と言いたいが、それより千奈の白く細い手が「綺麗だな」という感想が先に思い浮ぶ。
「兄さん、『痛み』は感じる?」
「うん、すごく感じるよ」
「…………本当?」
「ああ。でも、これ以上やったら『俺』が目覚めてしまう」
「それは困るわ」
千奈は少しだけ寂しそうな顔をして、僕の首から手を放した。
「ありがとう、千奈。凄くいい『刺激』だったよ」
「兄さん。本当は何も感じていなかったのでしょう?」
「…………そんなこと、ない」
「嘘つき」
そう、本当は嘘だ。僕は何も感じていなかった。
この子を喜ばせたい思いで嘘をついたが、見抜かれてしまった。
僕の考えていることが分かるこの子に、隠し事はできない。
「ふう。やはりこの程度では、『痛み』の感覚は戻らないのね」
なぜ千奈がいきなり僕の首を絞めたのか?
それは僕に『刺激』を与えてこの体質を『治療』するためだった。
この子はいつもそうやって試行錯誤を繰り返して、僕のために頑張ってくれているのだ。
「千奈、あまり無理はしないでくれ。こんな気持ちの悪い僕の事なんて、忘れていいんだぞ」
「嫌よ。私は兄さんに恩を返すと決めているから」
僕がこの体質になった原因は、飲酒運転の車から千奈を庇ったことだ。
この子はその事に恩を感じてくれている。
痛みのない体は便利と思うかもしれないが、同時に危険でもある。
痛みは体に危機を伝える重大な信号だ。
それが無い僕は、体の異変に気付かないまま死んでしまう可能性もありえるのだ。
知らないうちに大怪我をしていて、気付かずに出血多量で死ぬ、なんて可能性もゼロじゃない。
「私を守ったせいで兄さんが不幸な目にあってしまっている。だから、私が兄さんを治す」
「千奈……」
責任感の強い子である。兄としてこの子の気持ちがとても嬉しい。
「それに兄さんを痛めつけるのは、とても快感なのよ。スッキリするわ」
「ただのストレス解消だった!?」
どうやら本当に全く一欠けらも無理はしていなかったらしいです。
むしろ、ストレス解消の道具にされています。
そういえば、千奈はこの治療を『お楽しみ』と言っていたな。
まあ、本人が楽しんでいるなら、なによりである。
でも、僕のせいで愛する妹がいけない快感に目覚めてしまったかもしれません。
「刺激の力加減が難しいわ」
「あんまりやりすぎると、『俺』が目覚めるからな~」
「首を絞めるのは、なんか違うわね。少し方向性を変えてみましょう。次は鞭で叩くとかどうかしら」
「それだと、ただのSMプレイだよ!?」
「ふふ、いいわね。楽しそう。絶対に気持ちいいわ」
この子、とんでもないドSっ子であった。
こんな毎日を過ごしているのだが、果たして僕の体質が治る日は来るのだろうか。
体質さえ治れば、僕にもきっと友達が増える。そう信じているが……
「ま、兄さんはそのままでいいのかもしれないわ。誰からも認められない兄さん。それは逆に考えると、兄さんは永遠に私だけの『モノ』ということね……フフフ」
「千奈さん!?」
怖っ! ひょっとしてこの子、ヤンデレ妹の気もあるのでは?
ちなみに友達を欲しているのは、僕だけではない。
実は千奈にも、もう一つだけ今度こそ明白で致命的な『弱点』があった。
それは…………いや、今はやめておこうか。
天才だったり、負け知らずだったり、ドSだったり、ヤンデレだったり、恐かったりと、ちょっと属性過多なところはあるけど、この子はいつでも僕の味方をしてくれる。
なんでもできる僕の可愛くて自慢の妹。それが千奈である。
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