第83話 さあ、最後の戦いだ!

 愛の無い天使により体力が1になった僕。

 体中が凄まじい激痛という『刺激』を訴えかけてくる。

 その感覚によって体がどんどん熱くなってきた。


「究極の痛み……か」


 それでも、僕の体質を治すまでにはいかなかったようだ。

 当然だ。この体質は、僕が作り出した都合のいいだったのだから。


「…………なに? こいつ?」


 ネビュラの目が『ありえない』と言っている。

 そうだよな。

 全てはネビュラの計算通りだったはずなのだ。


 体力が減ると、恐ろしい激痛を感じてしまうこの世界。

 それに加えて体力を強制的に『1』にしてしまう愛の無い天使。


 これらは全てネビュラが人間を絶望させるために作ったコンボだ。

 普通にゲームだけをして暮らしている人間では、痛みに耐えることなどできない。


 僕達はネビュラが用意したルールに踊らされて、ただ捕食されるだけの虫けらにすぎないはずだった。

 だが、ここに僕という特例が一人存在したのだ。


「まあでも、今はこの妄想に感謝しなければならないね」


 全身から血を噴き出しながらも、血の涙を流しながらも、まるで無反応の僕。

 それは、ネビュラから見ると、異常な光景なのだろう。


「トオル……そこにいるのか? 手を……握ってくれ」


 リルが僕に手を伸ばしてくる。

 もう痛みで目が見えていないのだろう。


 不安なのだろうか?

 リルらしくないと思いつつも、彼女の手を握る。


「ん?」


 リルの手を握った瞬間、僕の体が光に包まれた。


「強化魔法だ。これでトオルの力は、さらに強くなる。後は……頼んだぜ」


 ニヤリと不敵に笑うリル。

 どんな時でも彼女は彼女のままだったようだ。


 思わず苦笑してしまう。

 不安とかそんな気持ちをリルが持っているはずがなかったか。


 愛の無い天使を食らった時、すでにリルは最後の力を振り絞って、強化魔法を唱えてくれていたのだ。


 中二病だけど、やはりリルはどこまでも真っ直ぐで諦めることを知らない神ゲーマーなのだ。


 たとえそれを狂気とか中二病と言われても、僕はリルを心から尊敬したいと思う。


「トオルの力は……この世界では最強だ。だから、もっと自分を信じろ。そして、その力を、あいつに……見せつけてやれ!」


 その言葉を最後にリルは気を失った。

 安否については、問題ないだろう。


 この世界の体力はゲームのルールに適応される。

 つまり、体力が1でも残っていれば、どれだけ血を噴き出そうが死ぬことはない。後で回復してやればいい。


「兄……さん」


 千奈の声も聞こえてくる。

 その手には剣が握られていた。


「さっき、助けてくれて……ありがとう。この剣を……使って」


 千奈から剣を受け取る。

 この子を助けるために剣を投げてしまったので、僕には武器が無かった。


 これは助かる。

 ずっと強く握っていたのだろう。

 その剣には千奈の温かみが残っている。


「帰ったら……兄さんに色々としてあげるわ。おいしい料理も作ってあげるし、手編みのマフラーも作ってあげる。それと、もっとたくさんの刺激をあげるわ。楽しみに……して……いてね」


 楽しそうな笑みを作ったまま気を失う千奈。

 その言葉には、僕が勝つという絶対の自信だけがあった。

 千奈は僕の勝利を1ミリも疑っていないらしい。


「うん、楽しみにしているよ」


 もう聞こえていないかもしれないが、僕は千奈に返事をした。

 僕が元の世界に戻る最大の理由は千奈だ。

 この子が戻りたいと言えば、躊躇する理由は全く無い。


 千奈の才能はこの世界で埋もれるにはあまりに勿体ない。

 元の世界に帰れば、この子の才能ならやれることはいくらでもあるだろう。


 友達なんてできなくてもいいじゃないか。

 もし、千奈に一人も友達ができなかったら、僕が一生をかけて、その代わりをしてやる。


「トオル……さん。今、


 ヒカリもまた、僕に手を伸ばしていた。

 彼女の手は輝いている。

 何かの魔法を唱え終えていたのか?


 沈黙草の効力は、既に切れていたようだ。

 僕がヒカリの手を取ると、自分の体が輝くのが分かった。

 これも強化魔法だろうか?


「ねえ、ヒカリ。僕は君に隠していたことがあるんだ」


「なんでしょう?」


「僕、本当はすごく弱かったんだよ。剣の腕なんてからっきしで、モンスターを一匹も倒したことがなかったんだ。見栄を張りたかったんだよ。僕は、ヒーローなんかじゃなかった」


 言うなら今しかなかった。

 僕のヒーローとしての物語は、ここで終わりだ。


 いや、最初から僕にそんな資格なんて無かった。

 それこそ僕の妄想だったのだ。


「そうですか。……実は私の方も、隠していたことがあります」


 ヒカリにも隠していることがあったのか?


「本当は……気付いていたんです。トオルさんが、どんな人で、何に悩んでいたのか。その奥のの事も分かっていました。ごめんなさい」


 ヒカリは僕が本当は弱いことを知っていて、それでも応援してくれていたようだ。

 嬉しいような、恥ずかしいような不思議な気持ちだ。


「私、トオルさんに喜んでほしかったんです。もっと、自信を持ってほしかった。……いえ、嘘ですね。きっと私が、私の為に頑張ってくれているトオルさんを見て、嬉しかっただけですね。……この中で、一番性格が最低なのは、私でしたね。えへへ」


 そうして、ヒカリは気を失った。

 どうやら、二人して心の妄想を隠していたようだ。

 やはり、僕たちは似た者同士なのかもしれない。


 でも、お互いに相手を否定しない事は分かっている。

 全てをさらけ出した僕たちに、もう失うものなんてありはしない。


 ヒカリも千奈もリルも、誰一人絶望の表情なんてしていなかった。

 みんなが僕の勝利を信じてくれている。


 僕は生まれて初めて人から本気で信頼されていた。

 こんな僕を、みんなは受け入れてくれたのだ。


 ここに来てようやく気付いた。僕はかけがえのない友達を手に入れていたんだ。

 なにが、友達が一人もいない……だ。僕はこんなにも恵まれていたじゃないか。


「さて、じゃあ行こうか」


 ネビュラの方へ目を向ける。

 今の僕は自分でも信じられないくらい熱い気持ちと、爽やかな気持ちが混同していた。



(くくく、変わろうか? ご主人様)



 『俺』の声が聞こえてきた。

 まだ、消えてなかったのか!

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