第82話 究極の痛み

 ネビュラの切り札。

 いったいどんな攻撃なんだ?


「愛の無い天使……」


 口を歪めたネビュラが小さく囁く。


「しまった! 『愛の無い天使』か!」


 その言葉を聞いたリルが驚く。

 知っているのだろうか?


「リル、これはどんな攻撃だ?」

「それは……ぐうっ!」


 突然、リルの体から大量の血が噴き出した。


「くっ!」

「きゃあ!」


 それだけではない。

 千奈とヒカリの体からも血が噴き出す。


 僕の体からも、同じように血が噴き出した。

 そして僕以外の全員が、その場に倒れ込んだ。


「な、なんだ!? 何が起きた?」


 僕は慌てて辺りを確認した。

 みんなが苦しそうにしている。


 苦しいのは当たり前だ。

 一目で異常な出血量だと分かる。

 全員かろうじて意識はあるようだが……。


 全員がさらに体中から血を噴き出して、血の涙を流し始めた。

 待てよ。

 以前にこの状態を見たことがあるぞ。


 確かアモンドが似たような状態になっていなかったか?

 そして、僕は自分の体力ゲージが赤く光っていることに気が付いた。


「体力……?」


 気付いたら、僕らの周りに天使みたいな奴らが踊っていた。

 その天使たちは、楽しそうにネビュラの元へと戻って消えた。


「何を驚いているんですか? ダメージワールドのゲームをクリアーした人なら誰でも知っていますよね? 最終ボスの特殊攻撃『愛の無い天使』。これは相手の体力を強制的に1にしてしまう攻撃ですよね? 本来なら、最初のターンの確定行動なのですよ」


 そういえば、噂に聞いたことがあった。

 ダメージワールドのラスボスは、全員の体力を強制的に1にしてしまう特殊技をまず初めに仕掛けてくる。

 これは回避も防御も不可能なのだ。


 恐ろしい攻撃ではあるが、ゲームではそこまで脅威とされてはいない。

 なぜなら、この攻撃の後、ラスボスは一定時間行動してこないからだ。


 だから、その間に落ち着いて回復をすればいい。

 しかし、体力の低下で『痛み』が発生するこの世界では、話が別だ。


 体力が1になるという事は、死ぬ直前のを味わうことになる。

 そんな状態では、回復の照準なんて当てられるわけがない。


「卑怯……だぞ」


 リルがネビュラを睨みつける。

 ギリギリで意識を保っているようだ。


「いやいや、ラスボスが最初のターンに愛の無い天使を仕掛けてくるのは、このゲームでの恒例でしょ? むしろ、今になって使ってあげたのが慈悲ですよ。ふふふ」


「……では、お前に……絶対に勝てないのか」


「おや? ようやくそこに気が付いたのですか? そうです。あなた達は絶対に勝てない勝負を仕掛けられていたのです。ふふ、ふふふふ」


 ネビュラが笑っている。それは心から馬鹿にしている嘲笑だった。

 僕達は完全にネビュラの思い通りに踊っていただけだった。


「ククク、どうやら、『ボク』は……負けたみたいだな」


「ええ。ですが、あなた達は殺しません。このまま生け捕りにして、痛みで発狂するのを待ちます。あなた達はとても美しい顔と体……それに心を持っていますね? しかし、どんな綺麗な人間でも、『痛み』を与え続けると最後には泣き叫んで、醜く命乞いを始めるのです」


 ネビュラは以前に僕達とゲームを楽しみたいと言っていた。

 だが、それは嘘だった。


 奴の本性は、相手を苦しませることしか考えていないただの外道だったのだ。


「美しいあなた達が屈服して、泣きながら命乞いをする姿。ああ! 早く見たい! ふふ、はははは!」


 勝利を確信して大笑いするネビュラ。

 人に痛みを与えることが奴の喜びなのだろう。


「あはははは! 『究極の痛み』の味はいかがですか? あまりの激痛に、死んだほうがマシと思えるほどですよねえ!?」


 そんなネビュラの言葉を聞いた僕は……



「まあまあだ、95点かな」



 軽く息をついて一歩踏み出した。


「……………………はい?」


 血の涙を流しながらも、平然としている僕を見たネビュラは、ギョッとした表情で目を見開いた。

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