第67話 『俺』の正体

「よし、今日はここまでにしよう」


 ひたすらメタル狩りに勤しんでいた僕たちだが、残念ながら一日でレベル99にはならなかったようだ。


 とはいえ、このペースなら明日にはカンストするだろう。

 普通なら数カ月はかかる作業なのに、聖水によるメタル狩りの効率の良さには驚くばかりだ。


 敵がいないセーフゾーンでキャンプをした。

 ここは俗に言うセーブポイントで、この場所でのみ全回復できるキャンプセットというアイテムがある。


 レベル上げの疲労が溜まっていたのか、皆はすぐに眠りについた。

 だが、僕は妙に寝付けなかった。

 ゲーム世界にも不眠症みたいなのがあるのだろうか。


「トオル、起きてるか?」


 すると、リルが話しかけきた。

 どうやら彼女も眠れなかったらしい。


「ちょっと向こうで話さないか?」


「うん、分かったよ」


 セーフゾーンの範囲で場所を移す僕たち。

 リルとは改めて話したかったので、ちょうどいい機会だったかもしれない。


「なあ、トオルの中にも、『二人』いるのか?」


 いきなり核心。

 僕もちょうどその話を二人きりで話したいと思っていた所だ。


「もしかして、リルもそうなの?」


「ああ、ボクにもご主人様がいた」


 リルにはもう一人の人格がいた。

 僕と同じだったのだ。


 まあ、痛みが無いみたいな特殊な体質は無いみたいだけど。

 それ以上に、リルの言葉に引っかかる点があった。


「ねえ、リルのご主人様はどうしたの? 今は何をやっているの?」


 多分、『今』のリルは副人格。

 僕で言えば『俺』みたいな存在なのだろう。

 なんとなく、感覚で分かる。


「ボクのご主人様は、もう消滅したかもな」


「えっ!?」


 物騒な発言だ。

 主となる人格が消滅する事があるのか?

 もしそうなら、僕も消滅する危険がある?


「リ、リルは、元の人格を乗っ取ったってこと?」


「いや、ボクはご主人様を救いたかった。ボクたちは、みんなそのために生まれて来たんだ」


 救う?

 リルみたいな副人格は、本体となる人格を助けるために生まれたとでも言うのだろうか。


 それなら、『俺』も僕を救おうとしている?

 そんな馬鹿な。

 でも、一つ気付いたことがあった。


 僕はずっと『自分』が分からなかった。

 『俺』という存在を知ろうとしなかった。


 これはちょうどいい機会じゃないか?

 『俺』の事を、詳しく知れるチャンスだ。

 リルならきっと、『俺』についてもっと詳しく知っているはずだ。


「なあ、今のリルは、いったいどういう存在なんだ?」


「ボクたちはご主人様が生み出した。だ」


「逃げ道?」


「つらい現実から逃げ出すための悪という『設定』。悪いのは自分じゃないと思わせる心の安全装置だ。そして、ボクだけは自分を肯定する。それがボク達の役割だ」


 『自分の肯定』……そういえば、『俺』は決して僕を否定したりしなかった。


「だが、結局ご主人様は、それでも前を向くことができなかった。残ったのは、無意味に自分を肯定するしかない抜け殻のボクだけ。これは、虚しい事かもしれないな」


 ククク、と笑うリル。

 今の彼女はのだろう。


「トオル。お前はそうなるな。もし、お前が消滅してしまったら、もう一人の自分もきっと悲しむ」


「そんな……はずない。あいつは、悪い奴で……」


 いや、違う。

 本当は分かっていた。

 必死で気付かないフリをしてきただけなんだ。


 次は、もっと『俺』と向き合った方がいいかもしれない。

 そして、恐らく次が『俺』との最後の対話になるだろう。


「ありがとう、リル。参考になったよ」


「ククク、それならよかった」


「リルのご主人様も、帰ってくるといいね」


「ボクのご主人様は、もう……」


「まだ完全には消滅してないんじゃないか? なんとなく、そんな気がするんだ」


「そうか…………そうだったら、いいな」


 そうして、ちょっと不思議な中二病の子との会話は終了した。

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