『僕』と『俺』 その3
第55話 この調子で行こうぜ!
「…………また、ここか」
ここは僕の心の中の空間。
また『俺』との対話が始まる。
「よ、ご主人様。今回は大活躍だったじゃないか」
「いや、僕は何もしていないよ。大活躍したのは、お前だろ」
どうしてか『俺』は上機嫌に見えた。
いやまあ、こいつはいつも上機嫌だけど。
「リックとヒカリを仲直りさせただろ。いい事をしたじゃないか」
「それは……別に、大したことじゃないよ」
「いいや、『大したこと』だ。ご主人様は、凄い事をしたんだよ」
予想もしなかった褒め言葉に、思わず面食らってしまった。
「今までのご主人様じゃ、そんな事はできなかった。違うか?」
「……確かに、ね」
この世界に来て、僕はほんのわずかだが、変わったのかもしれない。
『俺』の言う通りあの時の僕は、確かな達成感みたいなのを得ていた。
僕みたいな最底辺の何もできない奴にも、できる事はあった。
そんな気がしたんだ。
「今、流れはご主人様に来ている。この調子で、どんどん波に乗ろうぜ」
「でも、ここで慢心したら、失敗してしまうんじゃないか?」
「そうなったら、またその時に考えたらいい。それに、失敗した時は『誰が悪い』のか、この前に言ったよな?」
「いや、それは……」
僕が上手くいかないのは、全て『俺』のせい……か。
「なあ、お前はどうして、僕の責任を被ってくれようとするんだ?」
「なんだよ。ご主人様がそう言ったんだろ。『俺が悪い』って」
「いや、そうだけどさ」
こいつの性格的に、もっと逆らうものだと思うのだが……
「『俺』が全ての『悪』で、ご主人様は『正義』のヒーローなんだろ。ほら、言ってみな」
「僕が……『正義』で、お前が……『悪』」
そうだ。そうでなければ、いけないんだ。
なんだ、この感覚。
『そう思わなければいけない』という妙な強迫観念みたいなのが、僕の中にある気がする。
少し……怖くなってきた。
「お、お前は、本当に何を企んでいるんだ? 僕を……どうするつもりなんだ?」
「前に言っただろ? ご主人様に害は無い」
「そ、そんなの信じられるかよ。お前は『悪』なんだ」
「ああ。で、『正義』のヒーローがご主人様だ。特に今回は、本当にヒーローみたいだったぞ」
「………う、うん」
いつもこれだ。
主導権が僕にあるかに見せかけられて、僕はいつも『俺』に乗せられている。
本当に、このままでいいのだろうか。
僕は何か大事な事に気付かなければならないような……いや、何かを忘れている?
でも、それを思い出そうとしたら……
「……ご主人様?」
「はあ、はあ」
「おい! ご主人様!」
「え? あ、はい」
「あんま細かく考えんな。人生ってのは、時には何も考えずに、突っ走る方が上手くいくこともある。知らない方がいい事だってあるんだ」
「…………そういうものなの?」
「そういうもんだ」
こうして、今回の自分との対話は終わった。
何故か、今回はいつもみたいな不快感は無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます