第48話 妹はあらゆる意味で最強でした

 ハイドラに強烈な回し蹴りを決めた千奈。

 そして……


「ようやく外せたわ。思ったより、手間取ったわね」


 千奈の腕から拘束具が落ちた。

 両手が自由になった彼女は、ゆっくりとハイドラの元へ近づいていく。


「そういえばあなた、私の顔を思い切り叩いてくれたわね。おかげでカギを盗むことができたのだから、いいのだけど」


 千奈は鍵のようなものをつまんでいて、それをブラブラとハイドラに見せつけていた。


 おそらくそれは、千奈の自由を奪っていた拘束具の鍵だろう。


「き、貴様? 私からそのカギを盗んでいたのか? い、いつの間に?」


「殴られた時にこっそりと鍵をいただいたわ。不用意に私に近づいたのは、失敗だったわね」


「ば、馬鹿な。この私に気付かれずにそんなことを?」


「あなたの目を盗んで鍵を開けるのに、ずいぶん手間取ってしまったわ。あ、それと……」


 千奈が面倒くさそうにため息をついた後、彼女の目が氷のように冷たくなる。



「私ね、やられたことは、きちんと『お礼』をしなくちゃ気が済まないの」



 そして、千奈はハイドラに強烈な平手打ちを決めた。


「ぶっ?」


「女の子の顔を殴るなんて最低よね。あー痛かったな~。あと、兄さんをあんな目にあわせたのもあなた? 私の兄さんになんてことをしてくれたのよ。これは死刑でいいわよね」


 そうして往復ビンタを連発する千奈。


「ぐっ! ぎゃぶっ!」


 千奈は無表情。それが怖さを引き立てている。


 僕は……大きな勘違いをしていたかもしれない。


 千奈はハイドラに酷い目にあわされて、心が擦り切れていると思い込んでいた。

 しかし、千奈はいつも通りだった。


 目が死んでいるとか思っていたけど、よく考えたらこの子、普段から無表情で目に光が無かった。

 反応が薄かったのも、手錠を外すために集中していたのだろう。


「貴様ぁ! 調子に乗るなぁぁぁ!」


 たまらずハイドラは持っていた大剣を振るった。

 その攻撃をひらりと避けて、僕の近くまで来る千奈。


「女ぁ! 許さんぞ! 貴様は十日間、ひたすら犯し続けて、それから殺してやる! その身にじっくりと、恐怖を刻み込んでやるぞっっ!」


「っっっ!」


 ハイドラの言葉に、千奈の瞳が大きく見開かれた。

 さすがの千奈もこんな下劣な言葉を投げかけられたら、物怖じしてしまうのだろうか。


「に、兄さんから『女の匂い』がする!? まさか……どういう事なの? 兄さんに、女ができたとでも言うの!?」


 …………全く関係のない理由で驚いていました。


 というかこの子、ハイドラの言葉とか、一欠けらも耳に入っておりません。

 いや、それより『女の匂い』ってなに? もしかして、ヒカリのこと?

 怖いんですけど。なんでそんなの分かるの??


「き、き、貴様ぁぁ! ふざけるなぁぁぁ!」


 ハイドラの怒りが臨界点に達したようだ。完全にブチ切れている。


「なに? あなた、まだいたの? もう気は済んだから、消えてもらって結構よ。見逃してやろうって言ってるの」


「殺すっっ!」


「ち、うるさい男ね」


 そして千奈は、ハイドラの部下が落とした剣を拾って、鋭い目つきでハイドラを睨む。


「ほほう、本当に私とやるつもりなのかね? レベルが1で、女の貴様が?」


 ダメだ! よせ! 千奈では、絶対に勝てない。


 千奈はこの世界に来てすぐにさらわれたはずだから、レベルが1のままだ。

 それでレベルが40のハイドラに勝つなんて不可能だ!


「後悔しろ! そして死ねぇぇ! 女ぁぁぁぁぁ!」


 千奈に向かって突撃して、剣を振り下ろすハイドラ。

 しかし、次の瞬間……



「そ、そんな……馬鹿な」



 後悔の声を上げたのは、ハイドラの方だった。

 奴の首に切れ目が入ったかと思えば、首から大量の血を噴き出して、ハイドラは地面に倒れた。



 レベル1の千奈が、レベル40のハイドラに勝ったのだ。



「あら、思ったより、弱いのね。見掛け倒しというやつだわ」


 嘘……だろ。

 僕は目の前で起きたことが信じられなかった。

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