第47話 宿命の対決!

「…………」

「…………」


 ハイドラと『俺』。

 互いに真っ直ぐにらみ合う。

 さっきまでと違って、静寂が辺りを包んでいた。


「ようやく、二人きりだ。ケリ、つけようか。ハイドラ様?」


「あまり、調子に乗るなよ。下郎」


 ハイドラにはまだ凶悪なオーラが体中から漂っていた。

 これは『中二病ブースト』だ。


 奴の闘志は、まだ死んでいない。

 流石にハイドラは、一筋縄ではいかないだろう。


「いかに貴様が強大な力を持っていようが、我が真空刃しんくうはは、全てを『恐怖』で切り裂く!」


 ハイドラはこちらに向かって巨大な剣を構えた。

 奴の奥義が……来る!


「食らうがいい! 最終奥義! 真空刃しんくうはきわみ!」


 ハイドラが大剣を振るうと、その切っ先から巨大な真空刃しんくうはが放たれた。

 それはこれまでにない凶悪な刃で、早さも段違いだった。


 威力は、さっき嫌というほど思い知らされている。

 直撃はまずいぞ!


「いい『恐怖』だ! だが、遅いぜ」


 『俺』が手をバネにして、飛び上がって真空刃を避けた。

 本来なら真空刃は凄まじい速度だ。簡単には見切れない。


 しかし、全てが遅く見える今の『俺』なら対応が可能だったようだ。

 そして『俺』はビチッと血しぶきをあげて跳ね上がる。

 その姿はまるで陸に釣り上げられる瞬間の魚だった。


「なああ!?」


 これは……かなり怖い!

 流石のハイドラも完全に予想外だろう。

 更に、そのまま急降下した『俺』の拳がハイドラを襲う。


「天上天下唯我独尊! 俺様パァァァンチ!」


「ぐっ!」


 ハイドラは辛うじてその攻撃を避けた。

 『俺』の拳は、そのまま地面へと叩きつけられる。


 その瞬間、まるで大地震が起きたかのような衝撃が響き、地面には巨大なクレーターが出来上がった。


「ひ……な、なんて奴だ」


「ハイドラ。お前、また『恐怖』したな?」


 『俺』が急に真顔となって、ハイドラを睨み付けた。


「恐怖の体現者であるお前が、何度恐怖するんだ? お前は、どれだけ俺を失望させる? 俺たちの関係は、ここまでなのか? 答えろハイドラぁぁぁぁぁ!」


「ひ、ひいいいいいい!?」


 意味の分からん事を言う『俺』を見て、ハイドラは完全に恐怖に飲まれていた。

 そして、ハイドラを覆っていた凶悪なオーラが消えた。


 『中二病ブースト』の恩恵が無くなったのだ。

 これでハイドラは弱体化された。

 もう勝負は決まったみたいなものだ。


「おいおい、なに萎んでんだよ。俺はまだ満足してないぜ。どうすんの? ん?」


「く、おのれ。こうなったら……」


 ハイドラはしばらく怯えた目となっていたが、すぐに不気味な笑みを作ると、千奈の方へ素早く移動する。


「くくく。こいつは貴様の妹のようだな?」


「ほう?」


 くそ、ハイドラめ! 千奈を人質にしやがった!

 さっきの千奈が僕を『兄さん』と呼んだことで、この子が僕の妹だと奴に知られたのだ。


「動くなよ? 動くと、妹の首を掻っ切る」


 くそ。迂闊だった。これでは動けない。


「今の貴様の戦闘力は凄まじいが、体力はほとんど残ってないな? つまり、軽く攻撃を当てただけで、貴様は死ぬ」


 そうしてハイドラはナイフを取り出した。

 こちらに向かって投げるつもりだ。


 やばい。ちっぽけなナイフだが、僕の残りの体力を奪うには十分だ。

 避けようとすれば動いたこととなり、千奈がやられる。

 これは絶体絶命だ!


「おいおい、ご主人様? 俺たちがやられたら、妹ちゃんもあの世行きかもしれないぜ」


 確かに……言う通りにしても千奈が無事という保証は無い。

 だから、本当なら千奈を見捨てて、僕一人でも助かるべきだ。


 それでも、僕は千奈が死ぬところを見たくない。

 それなら先に死んだ方がマシだ。


 千奈はこんな僕を見て、きっと失望しているのだろう。

 駄目な兄で、ごめん。


「くく、分かったよ。それじゃあ、動かない」


 意外にも『俺』は僕の方針に従ってくれた。

 自分も死ぬというのに、それで納得してくれるのか?


「ご主人様が望むなら、それに従うぜ」


 こいつは結局、最後まで僕の言う事を聞いてくれた。


 『俺』には悪い事をしてしまった。

 完全に『僕』の道連れだ。


 もし、あの世なんてものがあったら、こいつには謝ろうと思う。


「でもまあ、二人とも助かると思うぜ」


 何を言っているのだろう?

 こんな状況で、助かるはずないだろう。


「さっきから、何を一人でブツブツと言っている? 恐怖で頭がおかしくなったか?」


「ま、見てなよ」


 ハイドラが怪訝そうな表情をしていたが、気持ちとしては僕も同様だ。


 いったいどうやれば、この絶体絶命のピンチを切り抜けられるのか。


 僕がそう思っていると……



「ふう」



 人質に取られていた千奈が、場違いなほど軽く息をついた。


「まったく、兄さんはタイミングがいいんだか、悪いんだか」


「貴様? 何を言って……ごはぁぁぁぁぁ!?」


 不審に思ったハイドラが千奈を見た瞬間、奴は背後に大きく吹っ飛んだ。


 千奈がハイドラに強烈な『回し蹴り』を決めたのだ

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