第38話 狂人VS悪魔

 完全に『俺』に懐かれてしまったハイドラ。

 彼はその狂気に飲まれ始めているようだ。


「ビビってる場合じゃないぞ。ハイドラ様。あんたの言う『恐怖』による統治は、俺も好きな考え方だが、『弱点』もある」


「なんだと?」


「あんた自身が決して『恐怖』に飲まれてはいけない。そうなると、まずい事になるぜ。ほら、周りをよく見てみなよ」


「はっ!?」


 何かに気付いてハイドラが周りを見渡した。


「ねえ、ハイドラ様。なんか気圧されているよね」


「もしかして、ハイドラ様って、大したことないんじゃ……」


 ヒソヒソと話す人々の声が聞こえてくる。

 町の人の態度が少しずつ変わってきているみたいだ。


 それはハイドラの部下も同じだった。

 恐怖による支配は、それを失った場合、一気に反感へと変わる。


「黙らんかっっ!」


「ぎゃっ!」


 激昂したハイドラが、部下の一人の首を刎ねた。


「あっあ~♪ 八つ当たりだ~。みなさ~ん。こいつ、ヤバくなったら、敵じゃなくて、部下のせいにして、八つ当たりするような奴ですよぉ~」


 うっわ、ウザっ。

 本当にテンションの高い『俺』は手が付けられない。


「お、おのれ! 貴様ぁ!」


「くくく、あんたの言う通り、俺は秩序を乱す『悪』だ。早いところ『正義』の力で俺を消さないとなあ? さあ、どうする? ハイドラ様?」


「殺す! 貴様だけは、絶対に殺すっっ!」


 ハイドラは完全に口調が変わっていた。

 怒ると素が出るタイプなのだろう。


「いいねぇ! そうだ、それでいいんだ。よし、始めよう。その怒りは部下じゃなくて、この俺にぶつけるんだぞ。お前はこの先、俺だけを見ていればいいんだ」


 ほら見ろ。『俺』のせいでもう滅茶苦茶だ。

 こいつに一度でもロックオンされたら、もう逃げられないぞ。


「ふざけおって! いいだろう。我が最強の奥義、『真空刃』で葬ってやる!」


 『真空刃』。確か定員さんが全てを切り裂く刃と言っていた。

 これは……流石に危険か!?


「ヒール!」


 その時、回復魔法が『俺』の体を包み込んだ。


「トオルさん! 大丈夫でしたか?」


 そこにいたのはヒカリだった。

 彼女が駆けつけてくれたようだ。


「ちい、仲間か!?」


 突然のヒカリの乱入。

 ハイドラから見れば、かなり不利な状況と思えるだろう。


「やむをえん。一度引く。だが、貴様は私を本気で怒らせた。覚えておくがいい」


 そうして、部下を連れて撤退していくハイドラ。

 正直、助かった。

 なぜなら回復されたので『俺』が再び眠りについてしまったからだ。

 最弱人間の僕だけじゃ、勝負にもならなかった。


「……ば、化け物」


「ん?」


 そんなことを思っていると、町人の一人がボソっと僕に向かって言った。


「知っているぞ! こいつはネビュラ三人衆のトオルだ! みんな逃げろぉぉ!」


「キャー!」


 にわかっぽい顔をした奴が叫び出すと同時に、町の人々は一斉に逃げ去った。


「…………またか」


 この町でも化け物扱いされてしまった。

 というか、あいつはモースの町にいたはずのにわか男じゃん!

 なんでこの町にもいるんだよ!


「トオルさん。気にしないでください。私だけはトオルさんの味方ですよ」


 ヒカリが僕を励ましてくれる。彼女がいてくれて本当に良かった。

 たった一人でも、自分の味方をしてくれる人がいるのは安心できる。


 僕に回復魔法をかけたいという理由だけでもいい。

 ヒカリとはずっと一緒にいたい。


「でも、トオルさんはさすがですね! あんな強敵を撃退してしまうなんて、本当に強いです! まるでヒーローです!」


「あ、いや、これは……その」


 僕を絶賛してくれるヒカリを見て、嬉しい反面、少し複雑な気分にもなっていた。

 どうやら彼女は未だに僕の事を強いと思い込んでいるようだ。


 違うんだ。本当の僕は最弱人間だし、彼女が絶賛しているのは僕ではなく『俺』なんだ。

 ヒカリに大きな勘違いさせてしまっている。本当のことを話さなければいけない。


「そ、そうだ。何か千奈の情報は集まったかい?」


 しかし、思いとは裏腹に、またしても僕は誤魔化すように別の話題を振ってしまった。

 なんというか、やはり僕はヒーローと呼ばれるのが嬉しい。

 あと少しでいいので、この感覚を味わっていたい。


 考えたら僕って最低だな。

 あれだけ嫌っている『俺』の手柄を横取りしているみたいだ。

 これは詐欺みたいなものではないだろうか?

 ヒカリが真実を知ったら怒るだろうか。

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