第37話 酷い目に遭わされるほど、奴は喜ぶ

 僕の無残な姿を見た町の人達が、ヒソヒソと話をしている。


「あーあ。かわいそうに。でも、仕方ないよね」


「みんながひれ伏しているのに、あいつだけ一人で突っ立っていたんだ。当然だよ」


「馬鹿は死ぬ。それがこの町のルールさ」


 町人の表情には同情や哀れみではなく、嘲弄するような感情しかなかった。

 酷いことをしているのはハイドラなのに、まるで僕の方が悪いことをしたみたいな雰囲気になっている。


「どう……して?」


「不思議かね? それは、私こそが『正義』だからだよ」


 正義? 嘘だ! こんな奴が正義なわけがない!


「『恐怖』こそが人を支配する絶対的な正義にして、究極のカリスマとなるのだよ。人は『恐怖』に怯えるが、『恐怖』に憧れも持っている。現にこの町はそれでうまく回っている。君もこの町の活気を見ただろう?」


 ハイドラは両手を広げて周りを見た。


「私は魔族だが、絶対の恐怖者として、君たち人間に安泰を約束しよう。ルールさえ守れば、君たちは自由だ。この町でずっと幸せに暮らしていけるのだよ」


「おお、ハイドラ様! ハイドラ様万歳!」


 部下が煽るような声を上げると、町の人々も崇拝するような目つきとなっていく。

 おかしいだろ。ちょっとひれ伏すのが遅れただけで、殺されるとか、こんなのは安泰でも自由でもない。


 だが、ハイドラからは光り輝くオーラのようなものが見えていた。

 これは『中二病ブースト』だ。

 この世界で底力は魔族に適応されないが、中二病ブーストの恩威は、魔族側にもあるみたいだ。

 だからこそ、ハイドラは厄介であり、限りなく恐ろしい敵なのだ。


「悔しければ、君も『恐怖』を会得するがいい。なに? できない? では、君は秩序を乱すただの『悪』だ。そして『悪』は『正義』によって滅ぼさなければならない」


 ハイドラが僕の胸に突き刺さった大剣をグリグリと抉り始める。


「あああああああ!」


「おや? これは君の心臓かね? 自分の心臓を弄られる気分はどうかね? 大丈夫、この世界では心臓を潰されても、体力が残っていれば、死ぬ事は無い」


 なおもハイドラの剣が僕の胸の深くへ突き刺さっていく。


「だが、痛みは永久に続く。心臓を抉られ続けた君が、どこで発狂死するのか、見物だよ。存分にこの『恐怖』を味わってくれたまえ。ふふふ……はははははははは!」


 正体を現すかのようにハイドラは笑う。これが奴の本性なのだ。


「うう………ごふっ」


 いつまでも続くハイドラの笑い声。

 僕は何も言い返せず、血を吐くだけだ。

 やめろ、やめてくれ! 


「あ……ああ」


「ん? そろそろ死ぬかね? ははははははははは!」


 こんなことをされたら、ダメなんだよ。

 なにがダメなのか?

 そんなの、決まってるだろ。

 これほどの『痛み』を与えてしまったら…………っ



「あ……あ………………あははははははははははははは!」



 そら見ろ。『俺』が目覚めてしまった。

 ハイドラに負けないくらい、『俺』は可笑しそうに笑い出す。


「はは…………は? なにい!?」


 驚いたハイドラは、慌てて剣を抜いて大きく後退する。


「き、貴様? いったい……」


 ハイドラ……この大馬鹿野郎!

 どうしていらずらに『俺』を目覚めさせてしまう!?


「やあ、おはよう。俺が目覚めたぜ」


「…………え?」


「てめえも俺の『挨拶』を無視するのかぁぁぁ! どいつもこいつもぉぉぉ!」


 怒りの形相に染まった『俺』が、ハイドラに切りかかった。


「くっ!」


 だが、ハイドラは紙一重で『俺』の攻撃を避ける。


「んん?」


 初めて『俺』の攻撃が躱されたんじゃないか?

 やはり、ハイドラはかなり強敵のようだ。


「いや、違うぜ、ご主人様。どうやら『底力』がうまく発動していないようだな」


 『俺』が自分のステータスを確認してみせた。すると、体力は50残っていた。

 今の最大値は100だから、半分しか減っていない計算になる。


 底力は体力の減りの割合によって、倍率が上がっていく。

 確かに現段階で効果は十分には発揮できているとは言えない。


 ハイドラも言っていたが、心臓を潰されても死ぬことは無い。

 これは心臓というか、厳密には『胸』が『狙いやすい部位』なのでゲームシステム的にダメージ倍率が低いからだ。


 ただし、『心臓を潰された痛み』は感覚として伝わってくるので、普通の人は発狂死してしまう。もちろん、僕には無効だ。

 ちなみに、以前も言ったが、一番の弱点は最も狙いにくい『首』である。

 『首』に攻撃が直撃すれば、レベル差があっても致命傷となる。


 ただし、『首』は当たり判定が非常に小さいため、狙って直撃させるのは難しい。

 残念ながら、僕の命中精度では不可能だろう。これは『俺』にも言える。


「ったく、心臓を抉られても、半分しか減らねーのかよ。ちょっとグリグリが足りなかったんじゃないですかねぇ。ハイドラ様ぁ?」


「こ、こいつ!?」


 ハイドラは完全に戸惑っていた。

 心臓を抉られたのにピンピンしている『俺』が不可解のようだ。


「でもあんた、悪くないぜ。『僕』はあんたが嫌いみたいだが、『俺』はあんたみたいな奴が大好きなんだ」


 なぜかハイドラがお気に入りらしい『俺』。

 二人ともクズなので、気が合うのだろうか。

 まあ、『俺』の一方通行だろう。ハイドラの顔は嫌悪感が凄まじい。


「ああ、そうだ。『50点』だよ、ハイドラ様」


「なに?」


「あんたが聞いたんだろ? 『心臓を弄られる気分はどうかね?』って。その答えだ。50点。悪くはないが、良くもない」


「な、なにを言っている?」


 ハイドラの恐怖と痛みによる責め苦も、『俺』にとっては『快楽』で、餌みたいなものだ。

 奴は『俺』に『餌付け』をしてしまったのだ。これは懐かれるぞ。


 まあ、点数を聞く限り、あまり満足はしていないようだが……


「いや、いいんだよ? それなりの刺激にはなった。初めてならこんなもんだろう。まあ、『次』からはもっと頑張ってくれよ? そう……」


 『俺』の口が吊り上がる。


「あんたの『来世』でな」


「っ! く!」


「ぎゃははは! ねえねえ? 今のどう? うまかった? ねえ?」


 今日の『俺』、テンション高いな。本当にハイドラが好きなんだろうな。

 おかげで『俺』のウザさが、いつもより五倍増しくらい高い。


 こんな奴に懐かれるなんて、ハイドラに同情したいところだが、僕はもう知らん。

 お前が悪いんだからな!

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