第36話 悪魔のハイドラ

 ハイドラという人が来たらしい。

 誰なんだろう。やばい奴なのか?


「ハイドラ様は魔王の直属の部下で、『ネビュラ三人衆』と呼ばれている方の一人です。決して粗相のないようにしてください!」


「ネビュラ三人衆? そんな奴らがいるんだ」


「はい、一人目は魔神レオン様。狂ったような強さと恐ろしさを兼ね備えたお方です」


 レオン……モースの町で戦った元人間の魔人だ。

 奴はいつの間にか、さらに強敵となっていたようだ。

 狂ったような強さ……か。

 やはり、あの時に倒しておくべきだったかもしれない。


「もう一人がここに来ている『ロックガルドの悪魔』と呼ばれるハイドラ様。全てを切り裂く必殺技、真空刃(しんくうは)を使います。そして、三人衆で最も残虐だと言われているのです。今、この町はハイドラ様の支配下にあります。逆らってはいけません」


 最も残虐だって?

 そんな奴がこの町を支配しているというのか!


「そして最後の一人。この方が三人衆で最も恐ろしい人と呼ばれています。名前は有名ですが、その姿は謎に包まれているのです」


 さらに恐ろしい奴がいるのか。なんという事だ。

 世の中には僕の想像を絶するほど危ない奴もいるようだ。


「その人の名は変態剣士トオル! いくら切られても、笑いながら襲ってくるという根っからの変態らしいです!」


「………………」


 それ、僕じゃん。僕は魔王の手下じゃねーよ!

 しかも変態剣士ってなんだ!

 他の二人はかっこいい二つ名がついているのに、僕だけ変な呼び名じゃないか!

 くそ、全て『俺』のせいだからな。奴は二度と出さん!


「と、とにかく、今来ているのは、ハイドラって奴でいいんだよね?」


「はい、さっきも言ったように、三人衆の中で最も残虐で恐ろしい方です。目を付けられてしまったら終わりですよ!」


 レベル1の僕がそんな奴にかなうはずがない。

 何とかやり過ごす必要がある。


「はっ!?」


 いきなり猫耳お姉さんが地面に両手をついてひれ伏した。

 いったいどうしたんだ?

 そしてよく見ると、周りにいる人達も全員地面にひれ伏している。


「みんな何をやっているんだ?」


 周りが全員ひれ伏していて、僕だけが立っている状態が出来上がっていた。



「ほう? 君、いい度胸をしているね」



 背後から声が聞こえてきた。

 振り向くと、そこには氷のように冷たい目をして、身の丈ほどもありそうな巨大な剣を持っている男がいた。

 周りには部下のような奴らも何人かいる。


「おや? ハイドラ様がお通りなのに、お前だけ頭を下げないの? はい、死亡決定~」


「えっ!?」


 部下の言葉を聞いて、僕はようやく理解した。

 この冷たい目をした男がハイドラなのか!

 最弱人間の僕は反応速度が遅いので、ひれ伏すのが遅れてしまった。


 これはまずい!

 ハイドラは紳士的な雰囲気を感じたが、その冷たい目から、確実に残忍な男という事を、僕の直感が告げている。


 しかも、ハイドラのレベルを確認したら、40もあった。

 レベルが1の僕だと、勝負にもならない。


「し、失礼いたしました!」


 僕は慌ててひれ伏した。

 こんな奴に目を付けられてしまっては、百害あって一利なしだ。


「…………」


 ハイドラが冷たい目のまま僕を見下ろしている。

 僕は恐怖でブルブルと震えが止まらない。


「いや、大丈夫。気にしなくてもいい」


 そんな僕を見て、ハイドラは優しい声で笑顔となる。


「誰だって、失敗はある。大事なのは『次』に頑張ることだ。そうじゃないかね?」


 よかった、そんなに怒っていないみたいだ。

 もしかしたら、思ったより優しい人かもしれない。


「さあ、顔を上げてくれたまえ」


「は、はい。ありがとうございま……」


 そうして、僕が顔を上げようとした瞬間……


「ぐぇぶぉ!?」


 突然、僕の口から人間とは思えない声が溢れ出た。

 あ……れ? 何が……起きたん……だ?


「おお、いい声だ。まるでカエルみたいな声だね」


 ああ、そうだ。

 さっき僕の喉から出た声はカエルの声だ。

 小さい頃に田舎で見たウシガエル。懐かしいな。


 でも、なんでそんな声が僕の喉から出たのだろう?

 そこで僕は気が付いた。

 自分の胸に巨大な剣が突き刺さっている。


「あ……が……ああああああ!」


 ハイドラがその手に持った大剣で僕の胸を貫いていたのだ!


「なん……で。ごぶぉぉぉっ!」


 僕の口からは、尋常じゃないほどの血液が噴き出した。

 そんな……次に頑張ればいいって…………そう言ってくれたのにっっ!


「うむ、『来世』では頑張りたまえ」


 そんな馬鹿な!?

 『次』ってそういう意味なのか!

 酷すぎる! こいつは……まさしくロックガルドの悪魔だ!

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