第35話 ハイパーボード

「このハイパーボードを使えば、あなたも空の住民の仲間入りです! 試してみますか?」


「ううむ。確かに面白そうだけど、危険じゃないか? 落ちたら死ぬだろ」


 猫耳のお姉さんが体験を進めてくるが、僕の方はあまり気が乗らなかった。

 体育の成績が最底辺の僕には不安が残る。


 自慢じゃないが、昔から体育の時間では平均台すらうまく渡れた記憶が無い。

 僕は俗にいう運動神経の乏しい人間なのだ。


「大丈夫です! このゲームは落下によるダメージはありません。どれだけ高いところから落ちてもノーダメージです! それにこのハイパーボードは、誰にでも簡単に使えるのが売りなのです! そのための体験会ですよ」


「へえ?」


 話を聞いていると、確かに危険はなさそうだ。

 こんな僕でも使えるか試してみよう。

 もしうまく使えたら、空中から見渡すことも可能となる。

 それは間違いなく千奈を探すのに役立つだろう。


「ハイパーボードを地面において、そこの起動スイッチを『足』で長押ししてください」


 ボードを受け取る。

 見ると、普通のスノーボードとほとんど変わらない。

 しかし、中央に大きな水晶のようなものがあった。これが起動スイッチなのだろう。


 言われた通りにボードを地面において、起動スイッチとやらをしばらく踏んでみた。

 すると、ボードごと自分の体がふわりと浮き始めた。


「おおっ!?」


 一瞬、バランスを崩すかと思ったが、そんなことはなかった。

 イメージ的には空を浮くボードに乗っているより、ボードと一体化した自分自身が宙に浮いた感覚である。


「そのまま空を飛ぶことをイメージすれば、後は簡単ですよ」


 その言葉に従ってイメージしてみると、いとも簡単に僕の体は天高く飛びあがった。

 そのまま空中を自由に動いてみる。

 結果、僕は何の不自由も無く、空の散歩を体験することができた。


 これは乗り物に乗っているというより、自信に飛行能力が身に着いたと思った方がいいのかもしれない。

 十分にハイパーボードの機能を堪能した後、僕は元の場所へと戻った。


「確かに、これは誰でも使えそうだね」


「分かっていただけましたか? ですが、二つだけ重大な注意点があります。ここはよく聞いておいてください」


 急に真面目な顔となって、説明に入る猫耳のお姉さん。

 良い部分だけでなく、注意点もしっかり説明しようとするのは、販売員としては好感が持てる所だ。よく聞いておこう。


「このハイパーボードの起動スイッチは必ずご自身の『足』で押してください。手などでは起動しない仕様となっております。これは間違って起動するのを防ぐためです」


 なるほど、暴発防止用にそんな工夫がしてあるんだな。

 何も知らなければ、手で押してもスイッチが入らないと苦情が出るのかもしれない。


「さらにこの商品は『一人用』となっております。二人乗りを感知した場合、直ちに停止する仕組みになっていますから、気を付けてくださいね」


 二人乗りも不可か。構造上の問題なのだろう。


「なるほど。了解したよ」


「ご理解ありがとうございます! どうでしょう? 欲しくなってきましたか?」


「うん。でも、お高いんでしょう?」


「そう思いますよね? しかし、それがなんと……たったの十万ゴールドなのです!」


「おおっ! それなら…………って高いよ! 無理だよ!」


「あはは、さすがに引っかかりませんでしたか」


 悪戯っぽく舌を出す猫耳お姉さん。

 まあ、性能を考えたら妥当な額だ。むしろ、お得と言ってもいい。

 しかし、今の僕の財布には百ゴールドしか入っていません。


「今回は体験会です。またお金が貯まった時にでも来てくださいね♪」


 この笑顔を見ると、文句を言う気も無くなる。

 この猫耳お姉さん、かなりのやり手だな。

 完璧な宣伝であった。十分に貯金が貯まった時にまた来よう。


「あ、そうだ。一つだけ聞いてもいいかな?」


「はい、なんでしょう?」


 ついでに情報を集めておきたい。


「最近になってこの町に召喚された冒険者はいるかな? もしかしたら、知り合いがいるかもしれないんだ」


「あ……それは……」


 猫耳お姉さんが僕の質問に答えようとした瞬間……



「みんな! 『ハイドラ』様が来たぞぉぉ!」



 いきなり切羽詰まった叫び声が辺りに響いた。


「な、なんだ?」


「いけません! お客様、ハイドラ様が来ます! お気を付けください!」


 ハイドラ? 誰だ? やばい奴なのか?

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