『僕』と『俺』 その2

第33話 そんなに『自分』を嫌うなよ

「ここは……」


 またしても真っ暗な空間。以前と同じ現象だ。

 つまり、ここは『僕の心の中』の世界である。


「よお、ご主人様。また会ったな」


 『俺』が話しかけてくる。この世界でなら僕は『俺』と会話ができるのだ。


「いや~この前は凄かったよな。あんなに何度も切り替えが起きるとは、思わなかったぜ」


「まったくだよ。本当に大変だった」


 前回はとんでもない珍現象に遭遇してしまった。

 思い出すと、つい笑ってしまいそうになる。


「って、気安く話しかけるな! この『悪』め!」


「おっと。こいつは失礼。だが、なんでそこまで俺を嫌うんだ?」


「ふん。お前は、自分がどれだけ恥ずかしい存在なのか、分かっているのか?」


「自覚はしているつもりだぜ」


「いいや、分かっていない。お前みたいな奴はみんなから嫌われて、誰からも好かれないまま、永遠に孤独で惨めな人生を歩むんだぞ!」


「おお、そいつは『面白そう』な人生だな。ははは」


 どうして、こいつはこんなに笑っていられるんだ。

 僕はそれが一番気に入らない。


「一人なら別にいい、だけど、僕を巻き込むなよ!」


「悪かったよ。くくく」


「少しは人に好かれる努力をしろ! ずっとみんなから嫌われ続けるのは、死ぬほど辛いだろ!」


「だが、無理やり好かれる努力を続けるのも、『死ぬほど辛い』んじゃないか?」


「…………え?」


 どくんと、心臓が大きく高鳴った。

 なんだろう。思い出したくない『なにか』が僕の中で渦巻いていた。

 そういえば、僕は事故に遭う前の記憶が曖昧だ。


 『俺』が僕の中に生まれる前は、何を考えて生きていたのだろう。

 なにか……思い出したくも無いほど、辛い事があった気がする。


「そんな人生を送るくらいなら、嫌われてでも、楽しく生きる方がマシかもしれないぜ」


 その言葉が、どうしてか、胸に突き刺さる。


「まあ、だから、そんなに『自分』を嫌うなよ」


「…………うるさい」


「それに、ご主人様を嫌わない子だっている」


「…………分かってる」


「分かっているならいい。いい女の子じゃないか。せいぜい大事にするんだな」


「お前のせいで、失望されるかもしれないけどな」


「別にいいだろ」


「はあ!?」


「ご主人様が言ってた事だぜ。上手くいかなかったら、それは全て『俺』が『悪い』んだ。お前のせいじゃない。そう思ったら、気は楽じゃないか?」


「それは…………そうかもしれないけど」


「だから、気にしないで、もう少し自分に自信を持てよ」


 こいつは一体なんなんだ。まるで僕の全てを見透かされているみたいだ。


「お前、何者なんだよ」


「それは考えない方がいい。ただの『悪』だよ」


「なんだそれ。もしかして、僕の体を乗っ取るつもりか?」


「ご主人様にそんな事はしないさ。大丈夫だ。お前に対して害は無い」


 本当にそうなのか?

 やはり、何か企んでいるんじゃないだろうか。


「とにかく、俺の言う通りにしてみろよ」


「…………分かったよ。考えてみる」


 なんだろう。どうしてだか、少しずつこいつに対して抵抗がなくなってきた。

 これはいい傾向なのだろうか。それとも破滅に向かって進み始めてしまっているのか。


「素直でよろしい。くくくくくく」


 耳障りな笑い声は、いつまでも僕の頭に響いていた。

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