第32話 世界で最も変わったパーティー

 痛みによる無限ループはいつまでも続いていた。


「ヒッ!」


 狂気に染まった僕たちの目を見たゴブリン亜種は、さらに怯え始める。


「ギヒイイイイ!」


 とうとう恐怖の限界に達したゴブリン亜種は、叫び声をあげて逃げて行ってしまった。


「逃げやがったか。ち、根性の無い奴め」


 『俺』は名残惜しそうにゴブリン亜種が逃げ去った後を見ていた。

 そして、最後のヒールをかけられて、『俺』は『僕』へと戻る。


「えっ?」


 その時、いきなり柔らかい感触と甘い香りが僕を襲った。


「ごめんなさい……本当にごめんなさい! 私を許して……トオルさん」


 ヒカリが僕のことを抱きしめていたのだ。

 女の子に抱擁されたのなんて、生まれて初めてだぞ!?


「えっ!? ……ちょっ!?」


「あなたが廃人となってしまったのは、全て私のせいです。私を怨んでくれて構いません」


 ヒカリが泣きながら、抱きしめる力を込めてくる。

 やばい! あたってます! 何処とは言わないけどあたってます!


「あの……その……ヒカリさん?」


「へ? ……あれ? トオルさん? もしかして、意識はありますか?」


 僕が戸惑いながら言葉を濁していると、ヒカリが恐る恐る僕に質問してきた。


「うん。この通り、ばっちりだよ。ピース!」


「そうですか。よかった! ……って、ひゃあ!」


 目にもとまらぬスピードでヒカリが僕から離れる。

 ヒーラーとは思えない速さだ。


「ご、ごめんなさい。私、トオルさんが廃人になってしまったのかと思って……でもよかった。大丈夫だったのですね。トオルさんは精神力も強いんですね!」


「え? ……あ、うん。僕はその……我慢強いから」


 とりあえず、誤魔化しておいた。

 どうやらヒカリは『俺』には気づいていないようで、僕が痛みで廃人になってしまったと思い込んでいたらしい。

 でもまあ、さっきの戦いでかなりの刺激を体に与えられた。


 ヒカリといると、本当に僕の体質が治るんじゃないか?

 すぐに回復してくれるし、どんどん体に痛みを与えて、僕の『治療』を手伝って欲しい。

 希望が見えてきたことで、僕は興奮する思いを抑えきれなくなってきた。


「でも私のこと、あきれましたよね? やっぱり私、もう誰とも関わらずに生きていきます。もう誰にも迷惑はかけたくない。私みたいな女は永遠に一人がいいんです。トオルさん、さようなら。今までありがとうございま……」


「君は最高だ! ヒカリ!」


 ヒカリが何か言おうとしたが、僕はそれを遮ってヒカリの手を握る。


「え、ええっ!?」


 ヒカリが驚いた顔を僕に向ける。

 しかし、興奮している僕は言葉が止まらなかった。


「僕はずっと君のような人を探していたんだよ! お願いだ! 僕とパーティーを組んでくれ! 君は、僕の理想なんだ!」


「……ま、まぢですか」


 ヒカリは信じられないといった表情で僕を見ている。

 言葉遣いがおかしくなるほど衝撃的だったようだ。


「もちろんだよ! 僕は君とずっと一緒にいたい!」


 僕にとってヒカリは『治療』を運んできてくれる最高の女神……いや、最高の死神だったのだ!

 彼女なら、この体質を治す重要なカギになってくれるに違いない。


「う、嬉しいです! こんな私を受け入れてくれる人がいたなんて、夢みたいです!」


 ヒカリが涙ぐんで僕を見ている。彼女も喜んでくれるなら万々歳だ。

 胸が高鳴っていく。やはりこの思いは……恋なのか!?


「でも、気のせいでしょうか? トオルさん、自分の事しか考えていないような……まるで自分に刺激を与えてくれるなら、誰でもいいとか思ってそうな気がするのですが、そんなわけないですよね!」


「げほっげほっ!」


 思わずせき込んでしまった。

 言われてみればそうだ。僕は自分の治療のことしか頭になかったのかもしれない。

 ヒカリといると、僕はどれだけダメージを受けてもすぐに回復できる。

 死の危険が無いから存分に痛みを与えられるのだ。


 僕の頭は、そのことしか考えていなかった。

 ひょっとして、僕はヒカリのことを人としてではなく、回復魔法をかけてくれる安全弁か何かと思って、好意を抱いていたのではないだろうか。


 確かに僕はヒカリと一緒にいたいと願った。

 だがこの思いの正体は恋などではなく、ただの刺激に対する期待感だった可能性もある。


「ああ、ずっとトオルさんと一緒にいられる……嬉しいな」


 無邪気に喜んでいるヒカリ。なんて純粋で心の綺麗な子なんだ。

 己の欲望の事しか考えていない僕は、自分の事が恥ずかしくなってきた。


「トオルさん、これから毎日あなたのために回復魔法をかけ続けてあげますね! ああ! 回復魔法をかけても怒られない! 楽しみだな~。最高だな~。ふふっ……ふふふふ」


 ………………あれ?

 ひょっとして、ヒカリも僕と同じではないだろうか。

 彼女はただ、自分が誰かに回復魔法をかけて喜びを感じていたいだけのような気がする。


 ヒカリも僕のことを、回復魔法をかける的のようなものとしか思っていないような……。

 なんだこの関係。お互いに自分の欲望の事しか考えてなくない?

 変態二人組?


「ふつつか者ですが、これからよろしくお願いしますね!」


「あ、いや、こちらこそ」


 ふつつか者……この言葉はよく社交辞令のような意味合いで使われることが多い。

 だが、この場合に限っては正しい使い方をされている気がする。

 二人揃って、本当にふつつか者だ。

 ちらりとヒカリの方を見る。


「トオルさん! 大好きです! えへへ」


 僕の視線に気づいて嬉しそうに笑顔を向けてくるヒカリ。

 なんかもう、どうでもよくなってきた。

 確かに僕達はすごく歪な関係かもしれない。

 下手をすれば、共依存とか言われても、言い訳できない。


 でも、別にそれでもいいんじゃないだろうか。

 僕もヒカリも皆から『化け物』と蔑まれる存在だ。

 友達なんてできないと思っていた。もう一人でもいいと強がっていた。

 でも、本当は心の奥では寂しがっていたのかもしれない。


 そんな僕達がお互いを認め合える存在に出会えた。

 それで十分じゃないか。


 死神ヒーラーと呼ばれて、無差別に生物を回復するヒカリ。

 痛みを感じない体質で、もう一人の凶悪な自分を飼っている僕。


 こんなパーティーは間違いなく他に存在しないだろう。

 僕達は世界一変わったパーティーだ。


 それでも僕は悪い気はしなかった。死神ヒーラーか。

 僕にはピッタリのパートナーなのかもしれない。

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