第31話 回復と中二病のカーニバル
強烈な痛みが発生したせいで『僕』と『俺』入れ替わった。
「グオオオオオオオオ!」
そんな『俺』にとどめを刺すべく、ゴブリン亜種がその鋭い爪を振り下ろす。
剣を落とした『俺』には、防御手段がない。
そのはずだったが……
「おっと」
『俺』はゴブリン亜種の一撃を『片手』で受け止めた。
敵は驚いて目を見開く。
「剣なんて、必要ねーよ」
これは…………『底力』の恩恵だ!
大きく体力が減った状態の『俺』の体は、今は通常の何十倍も『力』のステータスがアップしている。
さらには『俺』へとチェンジしたことで、『中二病ブースト』も発動したはずだ。
既に『俺』の腕力は、ゴブリン亜種を遥かに上回っていたのだ。
そのまま『俺』は、ゴブリン亜種に顔を近づけていく。
「やあ、おはよう。初めまして。俺が目覚めたぜ」
「…………?」
「返事しろやぁぁぁぁ!」
『俺』はそのまま素手でゴブリン亜種に強烈なアッパーカットを決めた。
「グギャァァァァ!」
十メートル以上吹っ飛んで転がっていくゴブリン亜種。
「言っておくが、人間だろうがゴブリンだろうが関係ない。礼儀を欠いた奴には、鉄拳をぶちかます。それが俺様のやり方さ」
そのまま『俺』がゆっくりと歩いてゴブリン亜種に近づいていく。
「どうした? ムカついたか? いいだろう。来いよ。その程度じゃ物足りないんだよ。もっと痛みを俺にくれ」
痛みという刺激を得て、さらなる刺激が欲しくなってきたようだ。
『腹を引き裂かれる激痛』は『俺』の最高の餌となる。
でも、あまり長引かせたくはない。
お楽しみのところ悪いが、早くとどめを刺してくれ。
「ち、分かったよ。残念だが、ご主人様のオーダーだ。これで終わりにするぜ」
そうして拳を振り上げて、フィニッシュを決めようとする『俺』だが……
「トオルさん! 今回復します! ヒール!」
「あ……」
ヒカリが『俺』に回復魔法をかけた。
その瞬間、自分の力が抜けていくのが分かった。
体力を回復してしまうと、『底力』の効力は完全に消えてしまう。
体力が減った状態の方が有利だったのだ。
そして痛みを失った『俺』も眠りについてしまう。
これで振り出しに戻った。またしても不利な状態だ。
「ふーむ」
僕は、顎に手を当てる。
そして、今のこの現状について考察してみた。
まず、ヒカリは回復魔法の達人だ。
ダメージを受けても、詠唱破棄により速攻で回復してくれる。
つまり、冷静に考えたら、僕は死ぬことはないのだ。
本来なら痛みによる精神的ダメージがあるのだが、僕たちは痛みを感じない。
即死攻撃の『首』による直撃だけを気を付けておけばいい。
これ、思ったより状況は悪くないんじゃないか?
僕の実力は素人並みで初期レベルだ。
しかし、ダメージを受けると、底力が発動して『俺』が目覚めて反撃が可能となる。
ただし、ヒカリは傷ついた生物を見ると、中二病が発動して、反射的に敵も味方も区別なく回復してしまう。
僕がダメージを受け『俺』となって反撃しても、敵も味方も強制的に回復をさせられる。
「つまり、『永久機関』ってことか!?」
いつまでも攻撃されては、強制回復をさせられる。
それは痛みによる永遠の地獄だ。
だが、僕にとっては地獄でも何でもない。ただの『刺激』である。
「ガアアアアアアッ!」
僕が考え事をしていると、ゴブリン亜種が反撃してきた。
鋭い爪が僕の胸に突き刺さる。
「ふははは! 俺が目覚めたぜ!」
痛みでチェンジした『俺』がお返しとばかりにパンチで反撃する。
「だ、大丈夫ですか!? ヒール」
ヒカリが『俺』に回復魔法をかける。
「僕です。元に戻りました」
「うう、ダメ……あの子を抑えきれない…………我が癒しは平等なり! ヒール!」
そして、ゴブリン亜種にも回復魔法をかける。
痛みによる無限ループの始まりだ!
殴っては殴り返され、また殴る。
そして回復。戦いはいつまでも続いていた。
「俺だぁぁぁ!」
「ヒール!」
「僕です」
「ガアアアアア!」
「俺だぁぁぁ!」
「ヒール!」
「僕です」
なんだろう。ちょっと楽しくなってきた。
よく考えたらこれは良い傾向だ。ずっと『刺激』が続く。
たくさん刺激を受けたら、僕の体は痛みを思い出して、体質改善ができる。
つまり……これは体質改善の治療だ!
またしても僕の『リハビリ』が始まった!
この調子で続けていけば、僕の体質も治るのでは!?
「楽しいなぁ! ご主人様!?」
「ヒール!」
「いや、別に楽しくはないよ? 楽しいのはお前だけだよ」
周りには既に血だまり。
完全に地獄と化しているが、僕たちにとってはただの『日常」だ。
「グ、グギ、グギギギ」
ゴブリン亜種の表情が次第に恐怖へと変わっていく。
「ああ、さっきからトオルさんの口調がおかしいです。痛みのせいで、とうとうトオルさんは壊れてしまったのですね。ごめんなさい」
僕と俺が楽しく『笑顔』となり、ゴブリン亜種は『苦痛』の表情となり、ヒカリが罪悪感で『泣き顔』となっている。
なんだかそれぞれの思いが全くかみ合っていない気がするが、気にしないでおこう。
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