第30話 再戦、ゴブリン亜種

「ま、まずい。話は後にして、今はとりあえず逃げよう!」


「は、はい!」


 僕とヒカリが一目散に駆け出す。

 しかし、ゴブリン亜種は僕達が逃げるのを計算していたように回り込んできた。


 まさか……以前に僕達が逃げたことを学習していたとでもいうのか!?

 ただ強いだけじゃない。

 こいつはとんでもなく頭の切れるゴブリンだ。


「ちっ」


 僕は舌打ちをして剣を構えた。

 相手は明らかに格上だ。レベルが5のアモンドとリックが二人がかりで倒せなかった敵である。

 レベルが1で、まして素人の僕では勝ち目がない。

 状況は限りなく絶望と言ってもいいだろう。


 それでも、こうなっては戦うしか選択肢がない。

 神様! どうか僕に奇跡を!


「たああ!」


 祈る気持ちで剣を振ると、その祈りが届いたのか、僕の攻撃が奇跡的にゴブリン亜種に直撃した。


「ギャア! ウグググ」


 しかも、運よくクリティカルヒットしていたようで、相手の頭には星が飛んでいる。

 これは『気絶』の状態異常が入っている。

 千載一遇のチャンスだ!


「よし! とどめだ!」


 攻撃を外さないように、十分に距離を詰めて大きく剣を振り上げる。

 いくら素人でも、これならヒットさせることができるだろう。


「うう、ダメ。あの子が抑えきれない……ヒール!」


 しかし、剣を振り下ろす直前に、ヒカリがゴブリン亜種に向かってヒールを唱えた。


「ええっ!?」


 ヒカリの行動につい戸惑ってしまう。忘れていた。

 彼女は傷ついた生物を見ると、反射的に回復してしまうのだ。

 僕が戸惑っているうちに、ゴブリン亜種は気絶状態から回復した。


 やばい! 今の僕は敵の目の前で大きく剣を振り上げている。

 この状態は、完全に無防備だ。

 確実に攻撃を当てようと近づきすぎたのが、仇となってしまったっっ!


「グオオオオ!」


 ゴブリン亜種の怒りの一撃が、僕の腹を引き裂いた。


「そん……な。ぐぶっ!」


 致命傷だった。僕は口から大量の血を吐き出す。

 それと同時に、音を立てて剣が手から滑り落ちていった。

 やはり、僕は神から見捨てられていたのだ。


「は!? …………嘘。私のせいで……トオルさんが?」


 ヒカリは青ざめて放心している。当然だろう。

 彼女が敵を回復なんてしなければ、僕はゴブリン亜種を倒せていたのだ。

 ヒカリはそうやって何度も勝てるはずの戦いを敗北へと導いたのだろう。

 何人もの人間が彼女のせいで絶望したに違いない。


 まさしく、死神ヒーラーだ。

 そして、僕もその悲劇に直面した。

 引き裂かれた腹部。口からは吐血が止まらない。


 なんてことだ。ああ、『最高』だ。嬉しい。

 嬉しい? なんで? どうして僕はこの状況を喜んでいる??

 違う。喜んでいるのは『僕』じゃない。『アイツ』だ!


「くくく、ははははははは!」


 極上の『痛み』にまたしても『俺』が目覚めてしまった!

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