第29話 死神ヒーラーの正体

「ねえ、どうして無差別に回復をするのか、理由を聞かせてもらってもいいかな?」


 ヒカリが自分のことを死神ヒーラーだと認めた時、僕は彼女に対して、恐怖よりも先に興味が涌いた。


 ヒカリの行動に悪意はない。

 しかし、なぜこんなことをするのか理由は気になる。


「はい。私、元の世界では保健委員に入っていました。人を助けるのが大好きだったんです。あ、ちなみに私は高校一年生です」


「高一なんだ。僕も同じだよ」


「本当ですか! 私達、同い年ですね! えへへ」


 僕と同い年と分かって嬉しそうにするヒカリ。

 こうやって見る分には、ただの天使にしか見えないんだけどな。


「しかし、私は失敗ばかりでした。ドジが多くて、私と関わった人はみんな不幸になってしまうんです。私には、それがとても辛かったです」


「ドジッ子だったってわけか。それなら、人気だったんじゃないか?」


「あはは、それならよかったのですが、どうやら私はみんなをイライラさせるタイプだったみたいです。きっと心が歪んでいたのでしょう」


 ヒカリは自嘲するように笑う。


「私は現実が辛くて、ゲームの世界……このダメージワールドにのめり込んでしまいました。ゲームはいいですよね。回復コマンドを入力すれば、簡単に人助けができます。私はその快感に完全にハマってしまったのです」


 現実で失敗ばかりのヒカリは、せめてゲームでは多くの人を助けたかったのだろう。


「気が付けば、全く戦いもせず、ひたすら回復魔法の練習をしていました。そうしているうちに、あっという間にプレイ時間が1000時間を超えました。そのころには私も詠唱破棄を習得していました」


 なんと! ヒカリも僕と同じく、1000時間プレイしても全くモンスターを倒していなかったのか!

 そんな変わり者がここにもいたとは驚きだ。


 しかし、1000時間もひたすら回復魔法の練習か。

 まさに執念だな。ヒカリが詠唱破棄を習得したのも納得だ。


「その頃からです。私の中で『神』が生まれてしまいました。私の中の神は誰も死なせない。全てを生かすのです」


「…………………………ああ、さっきの中二病ね」


「う……そ、その通りです」


 全てを投げ捨ててひたすら回復魔法だけを唱え続けるほどの『狂気』。

 その狂気が中二病を生み出してしまったようだ。

 そして、それがこの世界に召喚されたキーとなってしまった。


「そうして私はこの世界へ召喚されたのです。すぐにこの世界が恐ろしい場所だと気が付きました。体力が減ると、激痛を受けてしまうなんて、酷すぎます」


 歪んではいるものの、人々を助けたいという気持ちは事態は本物らしい。

 それが良いか悪いかはともかく……


「私は片っ端から怪我をした人を回復していきました。しかし、なぜか普段は抑えられるはずの私の中の『神』が無理やり出てくるのです」


 この世界の特徴だ。中二病の心を抑えきれなくなる。


「暴走した私の『神』は止められない。私は自分が抑えきれず『あらゆる生物』に対する『回復衝動』が止められなくなってしまったのです」


「なるほど、読めてきたぞ。それでモンスターも回復させてしまうのか」


 ヒカリは神妙な表情で頷いた。


「そして死神ヒーラーと呼ばれるようになった私は、再びみんなから嫌われる存在となってしまいました。何度も治そうと思いましたが、すでに手遅れでした。少しでも回復を我慢すると、神が私を乗っ取ってしまい誰彼構わず回復してしまうのです」


 ヒカリの話はここまでだった。確かに僕に負けず劣らずの困った中二病だな。


「はあ、やはり私って最悪ですね。自分で話していてよく分かりました」


「いや、それは別に……」


 ヒカリの話を聞いても、僕はどうしてかまだ彼女と一緒にいたい気持ちが強かった。

 この気持ちはなんだろう。ひょっとして……恋か!?


「グルルル……」


「っ!?」


 その時、モンスターのうめき声が聞こえた。

 振り向くと、そこにはさっきまで戦っていたゴブリン亜種が僕達の目の前に迫っていた。

 こ、こいつ! 追いかけてきたのか!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る