第27話 辻ヒーラーと死神ヒーラー
僕たちはなんとかゴブリン亜種から逃げ切る事が出来た。
しかし、アモンドが全身から血を吹き出すという謎の怪現象が起こってしまった。
「はあ、はあ、……うう」
「落ち着け、アモンド。お前はもう、助かったんだぞ」
少し開けた場所でアモンドを介抱する僕たち。
震えるアモンドにリックが落ち着くように諭している。
とりあえず、ヒカリが回復魔法をかけたので、全身から溢れる血は止まったが、その時の激痛はアモンドの頭に残っているようだ。
なぜリレイズをかけて生き返ったはずのアモンドから血が噴き出したのか?
検証の結果、そこには複雑な理由があった。
この世界のルールとして、体が傷ついてしまう条件は二つだ。
一つは攻撃を受けた場合。これはまあ、当たり前だろう。
だが、もう一つ、『ゲームの体』だからこそ起きてしまう特殊な条件があった。
それは体力という『数値の低下』だ。
ゲームでは、敵から攻撃を受けなくても、何らかの理由で体力が減ると、体が傷ついてしまう仕様なのだ。
リレイズで生き返った場合は、体力が『1』の状態だ。
つまり、体力が1で生き返ったアモンドは、文字通り『瀕死』の状態となる。
それは全身から血を噴き出して、血の涙を流すほどの状態と認識されるようだ。
もちろん、そこには相応の『痛み』がある。
その激痛は計り知れない。
泡を吹いて、白目をむくのも無理はないだろう。
「この世界は、リレイズは使い物にならないのか」
「そ、そんな……」
ヒカリが心底落ち込んだようにうなだれる。
リレイズはゲームでは最強の回復魔法だったが、この世界のルールで考えると全く役に立たないようだ。
生き返っても、激痛で精神崩壊してしまうのなら、意味がない。
ヒカリも反省したようで、リレイズは『封印』された。
魔法は一度封印してしまえば、しばらくの期間は使用不可なので、これで間違って使うことはないだろう。
「アモンド……さぞ痛かっただろうな。かわいそうに」
僕が率直な感想を述べると、ヒカリがビクッと身を震わせた。
「ご、ごめ……ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
「え? あっ、違うんだよ。ヒカリが悪いって言いたいわけじゃないんだ」
「いや、その女のせいだ! なんでモンスターなんかを回復させたんだよぉぉ!」
アモンドが血走った目で、怒り狂ってヒカリを糾弾した。
「あ! 思い出したぞ! ヒーラーのヒカリ……。こいつ、『辻ヒーラー』のヒカリだ!」
リックが何かを思い出したようにヒカリを指さした。
辻ヒーラー? …………辻?
「リック! 辻ヒーラーとは、なんだ!?」
アモンドが僕の代わりにリックに聞いてくれた。
リックは神妙な顔で説明を始める。
「『辻斬り』というのは知っているな? 辻ヒーラーとは、辻斬りをもじってついた名だ」
辻斬り……戦国時代、数多の武将は己が刀の切れ味を試すため、無差別に人を切り捨てていたという。これはあまりに有名な話だ。
では辻ヒーラーとはなにか?
言葉から察すると、無差別に人を切る代わりに、無差別に人にヒールをかける人間のことだろう。
「つまり、ヒカリは無差別に色々な人々にヒールをかける子だった?」
「そうだ。無差別に人を切ることを辻斬り。無差別に人にヒールをかける奴のことを辻ヒーラーと呼ぶのだ!」
「な、なるほど」
熱く語るリック。しかし僕はあまり問題視していなかった。
考えたら、回復してくれるのだから、むしろありがたい。誰も困らないだろう。
感謝することはあっても、怨むのは違うのではないだろうか?
「辻ヒーラーはこの手のゲームでは有名でな。ゲームによっては、回復されたキャラはヘイトが上がって狙われやすくなる作品も存在する。こういったシステムの場合は、非常に厄介者として扱われる。ただ、このダメージワールドでは、そんなシステムは無い」
そうか。狙われやすくなるのだったら、無意味に回復されると困る。
でも、このゲームではそれが無いので、問題はないはずだ。
「じゃあ、別にいいんじゃないか?」
「いや、この女はただの辻ヒーラーではなかった。この女の本当の正体は『死神ヒーラー』だったのだ!」
辻ヒーラーの次は、死神ヒーラー?
ずいぶん通り名が多いな。
「なんとこの女、人だけでなく、『モンスター』までも無差別に回復させやがるんだよ!」
「そんな馬鹿な…………って、あっ」
人ならともかく、モンスターに回復魔法をかける奴はさすがにいないだろう。
否定したかったのだが、僕は先ほどの光景を目にしてしまった。
確かにヒカリはさっき、確かにモンスターに向かって回復魔法をかけていたのだ。
「あの……ヒカリ?」
そっとヒカリの顔を見てみる。
「…………」
ヒカリは俯いて何も言わない。
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