第25話 詠唱破棄

 なんだかヒカリの様子がおかしい。体調でも悪いのだろうか。


「ヒカリ、大丈夫?」


「へっ? あ! ああ、大丈夫です!」


 すぐに気を取り直して笑顔で答えるヒカリ。本人的には大丈夫らしい。

 何かを『我慢』しているように見えたが……


「むっ。新手だぞ!」


 そんな事を考えていると、新たにゴブリンが現れた。

 しかし、今度のゴブリンは妙に全身が赤黒い。


「まさか……奴はゴブリン『亜種』か!」


 アモンドとリックが驚愕している。

 普通のゴブリンじゃないのか!?


「ゴブリン亜種? 強いのか?」


「ゴ、ゴブリン亜種は百匹に一匹の確率で出現するゴブリンの強化種です! その強さは普通のゴブリンの比ではありません!」


 なんてことだ。思わぬ強敵と遭遇してしまったらしい。

 敵の確認してみると、ゴブリン亜種のレベルは10だった。

 普通のゴブリンはレベルが1なので、単純に計算しても、その実力は十倍という事になる。


「だが、今の俺達なら倒せない相手ではないはずだ。行くぞ! アモンド!」


 二人がゴブリン亜種に戦いを挑む。

 しかし、その戦いは互角……いや、むしろ劣勢だ。

 やはり、相手はかなりの強敵のようだ。


「ガァァ!」


「くうう!」


 ゴブリン亜種の猛攻が二人に襲い掛かる。

 徐々に押され始めるアモンドとリック。

 そして、とうとうアモンドがゴブリン亜種の一撃を食らってしまった。


「ぎゃああ! 痛てえええ」

「ヒール!」


 アモンドがダメージを受けた次の瞬間、ヒカリが電光石火の速度で回復魔法をかけた。


「…………お? おおっ!」


「早っ!?」


 ちょっと待って。

 今、1秒くらいで回復魔法を唱えなかったか?


「今のは……まさか、伝説の『詠唱破棄』!?」


 普通なら回復魔法の詠唱は10秒以上かかる。

 だが、とてつもない量の短縮コマンドを高速で入力することにより、詠唱時間をゼロにすることも理論上は可能なのだ。


 まるで呪文を唱えずに魔法を放っているように見えることから、これは『詠唱破棄』と呼ばれているテクニックだ。

 しかし、詠唱破棄は、あくまで都市伝説である。

 実際にできる人間なんて見たことがない。


 それでも、僕は確かに見てしまった。

 ヒカリの魔法には本当に詠唱時間が全く無かったのだ。

 これは神業レベルだ。

 回復においては、ヒカリは最強クラスと言っていい。


「す、すごいよ! ヒカリ!」


「…………」


 僕がヒカリに絶賛の言葉を贈るが、ヒカリは全く反応しない。

 どうしたんだろう?


「ふふ、ふふふ」


「ヒカリ?」


 なんだろう。

 さっきからヒカリの様子がおかしいような?

 

「はっ? 私、なにか変なことを言いましたか!?」


「え、い、いや、別に……」


 とっさに誤魔化してしまった。

 よく分からないけど、聞かなかったことにしよう。

 その間にアモンドとリックの怒涛の反撃が始まった。


 少しずつゴブリン亜種にダメージが蓄積されていく。

 この調子なら、なんとか勝てそうだ。


「あ……う……あ、ああ」


「ヒカリ?」


 またしてもヒカリの様子がおかしい。

 なんだろう? 何かを我慢するように小刻みに震えているように見える。


「ダメ! 出てこないで!」


 ヒカリが堰を切ったように叫んだ。


「ヒール!」


 そして、回復魔法を唱える。

 あれ? 別に今は誰も体力は減っていないんだが……?


「グオオオオ!」


 唸り声をあげた『ゴブリン亜種』の傷がみるみる回復していく。

 ヒカリが先ほど放った回復魔法は『敵』に向けられていたのだ!


「あは、あはははははは!」


「ヒ、ヒカリ!?」


「我は『死』を否定する神なり! 我が前では、あらゆる生物の死を許さぬ!!」


 い、いったいどうしたんだ??

 いや、待て。この感覚、僕たちだけが分かる。

 これは、中二病だ!!

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