死神ヒーラー

第19話 天使は自らを変人と自称する?

「くそ! ムカつく奴!!」


 次の瞬間、周りはさっきまでの町の景色へと戻っていた。


「ひっ!? ご、ごめんなさい!」


 目の前には涙目の美少女がいた。僕がレオンから守ろうとした子だ。

 どうやら様子を見てくれていた彼女に、僕は気付かず叫んでしまったらしい。


「あ、こっちこそ、ごめん。ちょっと混乱してしまって……怖かったよね?」


「い、いえ。気にしないでください。それよりも、あなたの腕が……」


 女の子の目線は、僕の腕に向いていた。

 ああ、そうか。腕、無いんだった。

 これからどうしよう。痛みは無いが、腕を失ってしまったのは不便だ。


「あの、動かないでください」


 すると、女の子が僕に向かって手をかざしてきた。


「ヒール!」


 次の瞬間、腕に感覚が戻ってきた。

 無くなったはずの腕は、いつの間にか再び僕の体に付いていたのだ。


「お、おお!?」


 どうやらダメージを回復すると、切断された腕なども元に戻るようだ。

 よかった。確かにゲームでも腕の欠損は『部位破壊』というただの状態異常の一種だった。

 つまり、回復魔法で簡単に治るのだ。


 痛み以外は、ゲームに適応されているので、そこまで焦らなくてもよかったみたいだ。

 ただ、僕の心は浮かないままである。


 傷口は確かに塞がった。

 しかし皆から変態だの、化け物だの、挙句の果てには魔王の手下呼ばわりされてしまったショックは、簡単には癒せまい。


「そ、その、本当にごめんなさい。私、気絶してしまったみたいですね。助けてもらった恩人なのに、お礼も回復もしなかったなんて、最低です」


 女の子はおずおずと僕の顔色を窺っている。きっと僕が怖いのだろう。


「私はヒカリといいます。あなたはトオルさんですね? 先ほどは助けていただいてありがとうございました」


 頭を下げる女の子。名前はヒカリか。

 神官のような服装をしている彼女からは、安心感というか、包容力のようなものを感じる。


 誰もが目を奪われるほどの可憐でおしとやかな容姿を持っており、それ以上に優しそうな雰囲気も漂わせている子だ。


「うん。無事でよかった。………………えっと、それじゃあ」


 僕は気恥ずかしさから、いち早くその場から去ろうとした。


「あ、待ってください。どこへ行くのですか?」


「いや、あまり僕と関わらない方がいいと思うよ。僕は化け物で、魔王の手下らしいし」


 ついつい卑屈な言い方をしてしまう。でも、これには理由があった。

 可愛いくて、優しい印象を持つヒカリ。

 でも、そんなヒカリから『化け物』と言われてしまうのは、いくら僕でもショックが大きい。


 彼女が嫌な女だったら、特に何も思わなかったかもしれない。嫌われるのはいつもの事だ。

 だが、なまじいい子だと期待してしまった場合、心に大きな傷を負うことになる。


 逆に言えば、初めから嫌われてしまえば、傷は小さくて済むのだ。

 これも僕の生きるための処世術。心のライフハックである。


「そんなことありません! あなたは化け物でもなければ、魔王の手下でもないです! これが証拠です!」


 だが次の瞬間、ヒカリは何を思ったか、僕の腕ごと剣を取って、自身の胸へと突き刺した。


「うぐっ!」


「な、なにをするんだ!?」


「…………痛くはありません。それに、ダメージもありませんね。トオルさん、このゲームは『味方の攻撃』ではダメージを受けないのでしたね?」


 ヒカリが少し安心したようにほほ笑んだ。


「もし、トオルさんが魔王の手下なら、私は死んでいました。でも、私は生きています。これでトオルさんが魔王の手下でないことが証明されましたね。そもそも、魔族からの攻撃でダメージを受けていた時点で、魔王の手下はありえないんです」


 驚いた。この子、性格が良いだけではない。頭も良いようだ。

 天然っぽい雰囲気を感じたが、そんなことはなかった。


 しかし、彼女の手は震えていた。

 剣を自分の胸に突き刺すなんて、本当は怖かったはずだ。

 それでも、ヒカリは必死に笑顔を作って、僕の手を握り締めてくれていた。


「で、でも僕は変だろ? 気持ち悪くないのか? 近づかない方が身のためだ」


「人の体質なんて、それぞれでいいと思います。私はそんな一部分だけを見て、命の恩人をないがしろにするような人間にはなりたくありません!」


 なんということだ。こんなに優しい子が存在するなんて……やはり、この世界は僕にとっての天国なのか!

 今度こそ、僕の夢の異世界ライフが始まる!?


「まあ、それに……変なのは『お互い様』ですしね」


 ヒカリがボソっと何かを呟いた。


「ん? 何か言った?」


「い、い、いえ。な、な、なんでもありません!」


 小声で聞き取れなかったが、ヒカリが自分のことを『変な性格』と言っていたような?

 聞き間違いかな?

 うん、そうだ。こんな天使が変な性格のはずがないだろう。

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