『僕」と『俺』 その1

第18話 お前が『悪』だ!


「あれ? ここはどこだ?」


 気がつけば、僕は真っ暗な空間にいた。

 どうしてこんな所にいるのだろう?

 僕は町にいたはずなのだが……


「よお、ご主人様。初めまして……だな」


 誰かが僕に話しかきた。

 目を凝らしてよく見ると、それは『僕自身』だった。

 いや、違う。この凶悪な顔つき。

 これは僕じゃない。

 こいつは……


「『俺』……なのか?」


 僕の中に眠るもう一人の人格。

 痛みによって目覚める存在。

 僕とは正反対の性格だ。


 だから、一人称の特徴から、僕はこいつの事を『俺』と呼んでいた。

 千奈だってこいつの事は『俺君』と呼んでおり、別人として認識している。


「どうやら、ここはご主人様の『心の中』らしいぜ。そして、この空間なら、俺たちは会話ができるみたいだ」


「な、なんでそんな事が?」


「この世界の影響だ。ネビュラとかいう魔王さんが、この世界は中二病の心が増幅されるって言ってただろ? そのおかげだろうよ」


 ここは僕の精神の世界。

 この世界なら『僕』と『俺』は会話ができる。

 僕たちの初対面だ。

 まさか、こいつと顔を合わせる日が来るとは……


「くく、なんだよ。なんか言いたそうだな?」


 挑発的に顔を吊り上げる『俺』。


「いいぜ。言ってみろよ。せっかくの機会だ。我慢するな」


 次の瞬間、考えるよりも先に声が出ていた。


「ぼ、僕の中から出ていけ! この悪魔め!」


「んん? 俺が悪魔?」


「そうだ! 僕の人生がうまくいかないのは、全てお前が原因なんだぞ!」


 いつかこいつと会話が出来たら、真っ先に言ってやろうと思っていた言葉だ。


「おいおい、俺が悪いってのか?」


「お前が普通じゃないせいで、僕は友達ができなかった。いつもお前のせいで、うまくいかないんだ。今回だってそうだろ!?」


 皆が僕を『魔王の手下』とか言い出したのは、こいつの言動のせいだ。

 この世界での異世界ライフは、こいつが原因で終わってしまったんだ。


「なるほど。『俺』が頭のおかしい『悪』で、ご主人様は『正義』……と。そう言いたいんだな?」


「そ、そうだよ。何か間違っているか?」


「いいや。くくく、流石は『ご主人様』だぜ」


「なんだよ。気になる言い方だな」


「なあに。やっぱり俺たちは同じだ。ご主人様とは、仲良くなれそうだよ」


「ふ、ふざけんな。僕が正義のヒーローで、お前が悪なんだよ! 分かったな!」


「はいはい。了解だぜ、ご主人様」


「く、その目で僕を見るな!」


 なんだろう。こいつの目が……どうしても気に入らない。

 まるで全てを見透かされているみたいだ。

 僕自身、こいつに対しては遠慮がなくなる。

 だって、仕方ないだろう。

 『俺』が『悪』なのだから。


 凶暴で頭がイカレていて、常識が通じない野蛮人。

 それが『俺』だ。

 そうだ。こいつこそが全ての悪の元凶なのだ。

 僕は何一つ間違っていない。


「はは、悪かったよ。そうカッカすんなって」


 子供扱いするように、優し気な声で話しかけてくる。

 それもまた、僕の怒りに火をつけた。


「くそ。馬鹿にするなよ」


「そんなつもりはねーよ。まあ、次もヤバくなったら俺に代われ。なんとかしてやる。だから、無理はすんなよ?」


 なんなんだ。

 どうして『俺』の言葉を聞くと、ここまでイライラしてしまうんだ。


「そろそろ時間みたいだ。また話せる時を楽しみにしているぜ。くく、くくくくく」


 耳障りな笑い声は、ずっと僕の中に響いていた。

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