第15話 魔人VS狂人

 『意識』が切り替わる。

 すでに体の『主導権』は『あいつ』へと変わった。

 『あいつ』はもう一人の僕。

 僕だけど、性格が違う別人だ。


 そしてこいつは、頭がイカレている。

 とんでもなく凶暴な『悪』なのだ。

 あの野蛮人が目覚めてしまったら、もう止められない。


 奴が満足するのを待つしかない。

 そんな『あいつ』はレオンに向かって、にこやかな『笑顔』を見せる。



「やあ、初めまして。おはよう。『俺』が目覚めたぜ」



「…………は?」


 いきなりの『挨拶』

 当然、レオンは反応できない。


「無視してんじゃねーよ」


「はごぁ?」


 『俺』がレオンのアゴを掴んだ。


「人がせっかく挨拶をしたのに、無視とか、あんまりじゃね? 酷い男だぜ」


 どうやら『俺』は挨拶を無視された事にご立腹のようだ。

 ちなみに腕を切断された事に関しては『酷い事』ではないらしい。

 基準が分からない。いつもそうだ。

 『俺』の常識は間違っている。


「ああ、そういえば、腕を切り飛ばしてくれたんだっけか。やってくれたよな~」


 言葉とは裏腹に、ニヤニヤと笑っている『俺』。


「言っておくが、『俺』は『ご主人様』と違って優しくはないぜ。お礼はきっちりとさせてもらう」


 だから言ったんだ。『近づくな』と。

 『俺』は普通じゃないんだよ。

 まともな会話なんて、できないんだ。


「…………」


 レオンは未だ何も言わない。どうやら完全に混乱しているようだ。

 しかし、すぐに我に返って質問をしてきた。


「お、お前、どうなっているんだよ! なんで平然としていられる? お前は、腕が切断されたんだぞ! 痛くないのかよぉ!?」


「んん?」


 レオンは怯えた目で『俺』を見ている。

 ああ、またこの目だ。

 クラスメイトが僕に向ける目と同じだ。


「さあ、なんでだろうな? ひょっとすると、俺は我慢強いのかもな?」


 『俺』がふざけるように笑っている。

 くそ、遊ぶなよ。

 そんな反応するから、皆から奇異の目で見られるんじゃないか。

 ああ、そうさ。


 僕たちは『痛みを感じない』


 『俺』に至っては、痛みを『喜び』としているまである。


「く、いつまで掴んでんだ!」


 そんな『俺』にアゴを掴まれたままのレオンが、怒りの目を向けてきた。

 そして、奴は手に持った剣を振り上げる。


 まずい!

 よく考えたら『俺』は僕と同じだ。

 別に強いわけでもなんでもない。


 自身が最弱人間であることには変わりないんだ。

 それなのに偉そうにイキっているから、僕はこいつが嫌いなんだ。


 痛みを感じないのは有利かもしれないが、それは守りの部分でしかない。

 敵を打ち倒す力……攻撃力が無ければ何の意味もない。


 そもそも痛みを感じないだけで、ダメージはきっちりと食らう。

 攻撃を受け続けると、いずれ死んでしまう。

 結局、敵の攻撃を回避する能力のない僕は、ただのカカシと変わらない。


「死ね! この化け物がぁぁ!」


 ああ! ダメだ!

 剣が『俺』に向かって振り下ろされる。

 これを食らってしまったら、確実に死んでしまう。


 死ぬのは嫌だ!

 だが……


「…………遅っ」


 その動きはまるで遊んでいるかのようにスローモーションで、思わず『俺』がツッコミを入れてしまっていた。


 なにやってんだ?

 僕を馬鹿にして、舐めプしているのか?


 いくら素人だからって、こんなトロい攻撃なら簡単に回避できる。

 『俺』はレオンから手を放して、振り下ろされるその剣をゆっくりと横に避けた。


「なにぃ? バカな! 避けただと!」


 いや、何を驚いてんの?

 あんな遅い攻撃、誰でも避けられるだろ。


「いや、ご主人様よ。それは違うぜ。今は俺たちが『早くなっている』んだ」


 早くなっている?

 あ、そうか!



 これは……『底力』だ!



 僕は腕を切断された。

 それはかなりのダメージを食らったはずだ。

 自分の体力を確認してみると、100から60ほどに減っていた。

 これが腕を切断された時のダメージらしい。


 思ったより体力は減っていない。

 だが、これは『底力』の発動条件を満たしている。


 攻撃を食らって体力が減ったことにより、僕はパワーアップしたのだ。

 しかも、この世界では、底力の効果は数十倍だ。


 腕からは、今も大量の血が噴き出し続けている。やばい出血量だ。

 だが、この世界での体力は、『数値』によって管理されている。

 そして、このゲームは出血で体力が低下するシステムなどは存在しない。


 つまり、僕の体力が60残っていれば、どれだけ血を噴き出そうが、出血多量などで死亡することはない。

 もちろん、その分の痛みはとてつもない事になっているだろうが、僕たちには関係ない。


 そしてネビュラはこう言っていた。

 この世界では素早さが上がると『周りの動きが遅く感じる』ようになる。


 つまり『俺』が言っていた通りだ。

 今の状態はレオンが遅くなったわけではない。

 僕の素早さが異常に高くなっているせいで、周りがスローに感じていたのだ。


「雑魚の分際で、よくも避けやがったな! 許さねぇ!」


 レオンが怒りの表情で切りかかってくるが、その動きはあまりに遅い。


「いや、だから、遅すぎるんだよ」


 『俺』がその攻撃を軽く払ってみせる。


「ぐおっ!」


 まるでオーバーリアクションをしているかのようにレオンが吹っ飛んだ。


「ば、ばかな。なんて力だ!?」


 どうやら今の『俺』は、力も数倍以上に上がっているらしい。

 考えてみれば、僕みたいなもやしっ子が、片腕で大の人間一人を持ち上げていたこと事態が異常だった。

 『俺』の方は自分の力が倍増していたことに気付いていたのか。

 こいつ、勘はいいんだよな。


 この世界での底力は強力だ。

 だが、本来なら痛みを感じてしまうルールのせいで、激痛により、使いこなすことが不可能なはずだった。


 ネビュラは痛みに耐える強い人間こそが使えるシステムと言っていたが、そんなものは方便だ。

 普通に暮らしている僕達に剣で切られるような痛みは耐えられるはずがない。


 これは完全に罠のはずだった。

 使いたくても使えない僕達が苦しむ様子を見て、それを馬鹿にするためにネビュラが作ったシステムである。


 ただし、それは『普通の人間』にとっての話だ。


 痛みを感じない僕にとっては罠でもなんでもなく、ただの強力で有効な『強化手段』だったのだ!!

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