第10話 目覚めの予兆

 ダメージを受けて、痛みで泣き叫ぶレオン。


「大ピンチ! しかしこれは『チャンス』でもありますよ? ほら、強化された『底力』が発動中です。今はレオンさんのステータスは十倍くらいになっているんじゃないですか?」


 確かにチャンスだ。

 数十倍に強化された底力が発動しているレオンは、とてつもなくパワーアップしている。


 ただ、今のレオンは『激痛』でそれどころでじゃない。


 ゲームならどれだけダメージを受けても、傷つくのはゲームの中のキャラだけど、この世界ではその痛覚が直接自分に伝わってくる。

 痛すぎて、反撃どころではなくなってしまうのだ。


「ちなみにゲームとは違い、この世界では『素早さ』のステータスが上がると、自身の体感速度が上がるのではありません。『時間が遅く』感じるようになるのです」


 今のレオンはステータスが『全て』が強化されている。

 当然ながらそこに『素早さ』も含まれている。


「つまり、今のレオンさんは、爪が刺さる痛みを『十倍の時間』でじっくりと味わうことができているのです。きゃは!」


 刺される痛みが十倍にも長く感じる。

 普通の人にとって、それは地獄と言えるのではないだろうか。


「お前! 僕たちを騙したのか!?」


「いえいえ。だからこその救済処置ですよ。『中二病ブースト』に『底力』。プレイヤーに優しすぎます。これくらいのペナルティが丁度良いバランスなのです」


 痛みがある状態で強化なんかされても、激痛で集中できないから、無意味じゃないのか?


「ちなみに一つ安心してください。この世界のルールとして、体力はゲームの『数値』で管理されます。つまりレオンさんはどれだけ血を噴き出そうが、激痛を与えられようが、体力が残っている限り、決して死ぬことはありません」


 それはありがたいシステムかも知れないが、逆に考えたら、体力が残っている限りは、『痛み』から逃げることができない。


 永遠とも言える時間、激痛を与え続けられてしまうくらいなら、死んで楽になった方がマシではないだろうか。


「さあ、がんばって痛みに耐えて反撃してください! 今のレオンさんのステータスは、敵よりも圧倒的に上ですよ? あ、それと『中二病ブースト』の事も忘れないでくださいね。心を強く持つのです!」


 嬉しそうに語り掛ける女だが、無理だろう。

 既にレオンは目の焦点が合っていない。


「た、助けて……助けてください!」


 痛みに屈服したレオンは、ついに命乞いを始めてしまった。

 それを見て、女は急につまらなさそうに目を細めた。


「あーあ。完全に素になっている。つまらない。これで中二病ブーストは無くなってしまいました」


 完全にゴミを見る目だ。

 本性を現したな。


「お前、何者だよ?」


 一つ、分かった事がある。この女は、ガイドなんかじゃない。


「おっと、自己紹介が遅れましたね。私は魔王ネビュラと申します。よろしくお願いしますね。あなたたちをこの世界に召喚した張本人でございます」


 女の目が赤く輝き、口からは牙のようなものが生えてきた。


「ひ、ひいいいいいいいい!」


 レオンはこの世で最も恐ろしいものを見たかのように、恐怖の叫び声をあげていた。


「お前が魔王かよ!?」


 いきなり魔王が現れるとか、反則じゃないか!?


「ふ、魔王自らがプレイヤーにシステムを説明するとか、偉いでしょう? まあ、この世界は私が作った『夢』ですからね。これくらいのサービスは当然です。感謝は不要ですよ」


 ふわりとスカートを広げて礼儀正しくお辞儀をする魔王。

 丁寧な態度に見えるが、馬鹿にされているように思える。


 ここは魔王の作った夢の世界だった。

 つまり、僕らにとっては悪夢ということになる。


 この世界は楽しいゲーム世界なんかじゃなかったんだ。

 異世界とか無双とかハーレムなどと心地よい『餌』に釣られた僕らみたいな人間を食らい尽くす死の世界。


 本当は、恐ろしいデスゲームの世界だったのだ。

 だが……


「あなた、思ったよりビビっていませんね。ここまで恐怖を与えたら、あなたみたいなのは、もっと喚き散らすと思っていたのですが……まさかの素質アリですか?」


「…………黙れ」


 ネビュラとかいう魔王の言葉に僕は内心で舌打ちをした。

 彼女の言う通りだったからだ。


 『普通』はこんな状況では、もっと錯乱してしまうものなのだろう。

 でも、今の僕の状況は特殊なんだ。



 『あいつ』……いや、『俺』が『反応』をしている。



 『俺』は、血とか恐怖とか、そういうのが大好きなんだ。

 だから、そんな刺激を求めて、『俺』が無理やり起きようとしている。


 その影響が、『僕』にも出ている。

 そのせいでこの状況に恐怖を感じず、むしろ冷静さが心の表面に現れ始めていた。


 でも、『俺』は目覚めさせないぞ。

 この世界にあんな野蛮人を解き放ってたまるか。

 なんとしてでも、奴はこの『僕』が抑え込んでやる。


「ん? 中二病の波動を感じる? 貴方はいったい……」


 魔王は怪訝な目で僕を見ていた。

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