第9話 痛覚システム

 基本モンスター、ゴブリンが僕たちの前に出現した。


「さあ! モンスターが現れましたよ。戦ってもいいですし、逃げてもいいです」


 ガイドさんの言葉にレオンがニヤリと笑う。


「はっ。この俺にゴブリンごときが相手になるかよ」


 そうして息巻いて剣を構えるレオンだが……


「言っておくが、ボク達のレベルは、初期化されているぜ」


「はぁぁぁ!? なんだそりゃ! 俺の今までの苦労はどうなるんだよ!」


 レベルが1になっている事に気付いたレオンは、ぶち切れていた。

 まあ、レベルの初期化はショックだよね。

 元々レベルが1の僕は、ダメージ無しだが。


「くそが。こうなったら、このゴブリンを切り刻んで、ストレスを解消してやる。へへへ」


 レオンが血走った目で、剣をベロリと舐めた。

 まさにサイコパス! …………演技っぽいけど。


「よし。それじゃあ、みんなで力を合わせてやっつけよう!」


「どけ! こいつは俺の獲物だ。手を出すな」


「え、ええ? わ、わかったよ」


 レオンが一人で戦うらしい。

 まあ、ゴブリンだったら、一人でも問題なく倒せるか。


「オラァ!」


 ゴブリンに一閃を浴びせるレオン。


「オラオラオラァ!」


 そのまま連続攻撃。強烈なコンボ攻撃で、これは初期レベルから使える。

 このゲームはアクション要素が強い。レベルよりも、むしろプレイヤースキルが重要なのだ。


「決まったぜ!」


 満足げにフィニッシュを決めるレオン。この強さは流石だな。

 しかし、隣で一緒に見ていたリルは、目を細めていた。


「まだだな。レベルが1だから、こちらの攻撃力は低い」


 リルの言った通り、ゴブリンはまだ生きている。

 コンボが決まっても、攻撃力は低いため、決定打にはならなかったらしい。


 そして、このコンボは攻撃力は高いが、その分だけ隙が大きく、終わった後は硬直状態となるようで、レオンはとどめを刺せずにいた。

 いわゆるスタミナ切れ状態だ。


「くそ! トオル! 何をボケっとしてんだ! 追撃しろよ! この無能が!」


「え? でも、手を出すなって……」


「言われた事しかできないのか? お前はロボットか? 自分で判断もできない指示待ち人間だから、お前は役立たずなんだよ!」


「理不尽すぎない!?」


「この程度で理不尽? 本当に最近のガキは打たれ弱いよな! 社会に出たら、こんなもんじゃねえんだぞ! 俺はお前を家族だと思って、成長を見越して言ってやっているのに、それに感謝もできないとか、もうお前はこのパーティーに必要ない。クビだっっ!」


 マジかよ。これが社会の常識とか、狂ってんな!

 まあ、社会というか、この人が……いや、やめておこう。


「クク、お二人さん。言い争っているところに悪いが、ゴブリンが攻撃してくるぜ」


 リルの言葉で正面を見るレオンだが、既にゴブリンは腕を振り上げている。


「ガアアアア!」


「ぐわっ」


 鋭い爪を持ったゴブリンの攻撃が、レオンの肩を直撃した。


「まともに食らったか。だが、ゴブリン程度の攻撃なら、致命傷じゃないぜ」


 リルはあまり気にしていないようだ。

 でも、致命傷でないにしても、レオンの肩は肉がえぐれている。

 なんというか、グロくない?



「ぎゃあああああああ!!!!!!」



 その時、いきなり異常な叫び声がレオンの口から発せられた。


「レ、レオン? どうしたの?」


 あまりにも大きな叫び声。

 オーバーリアクションにも見えるが、それだけでない気もする。


「痛てぇぇぇ! 痛てぇぇよぉぉぉ!!!」


 痛いって……肩の痛み?

 というか、この世界。ゲームの体に準じているのに『痛覚』があるんだ。

 ダメージは大したことないらしいけど、なんでここまで痛がっているのだろう。


「あ、そういえば言い忘れていました♪」


 突然、ガイドの女性の表情が不気味に歪んだ。


「ゲームとの違いがもう一つありまして、この世界では体力が減ると、その分の『痛み』を感じてもらうことになります♪」


 そのまま固まったみたいな笑顔で解説を続ける女。


「さらに怪我をした箇所は、それに応じて現実と同様の『感覚』を味わってもらいます♪」


「えっ?」


 つまり、体力が減ると、その分だけ激痛が走るってこと?

 しかも、怪我をした場合、本人にもその感覚が伝わってくるのか?


「じゃあレオンは今、『現実で肩をえぐられた状態と同じ痛み』を感じているってこと?」


 それだと、ゲームに大きな支障が起きるのではないだろうか。


「ふふふ、普通にゲームと同じでは、つまらないじゃないですか。やはり適度なリアリティが必要です♪」


 体力はゲームの数値に準じているのに、『痛み』だけがリアルというわけらしい。


「レオン。ゴブリンが追撃をしてくるぜ。避けろ」


 リルが声を上げるが、痛みで泣き叫んでいるレオンには聞こえていない。

 これは仕方ないかもしれない。普通の人にとって、普段の生活では、包丁で手を切っただけでも、それは『大怪我』と言っていいレベルだ。


 ゲームの世界のように剣で切られたり、爪で刺されたりする体験なんてしたことがない。

 正直、犬に引っかかれた程度でも、かなり痛いと言える。

 痛みのせいで『心』に大きなダメージを受けてしまうのだ。


 レオンの体力はたくさん残っている。数値上のダメージ自体は大したことない。

 だが、体の方は無事でも『怪我の痛み』はリアルに伝わってくる。

 この状態では、いくら体力が残っていても、頭が『痛み』に支配されてしまう。

 冷静な対処など、できるわけがない。

 そんなレオンの腹部にゴブリンの鋭い爪が突き刺さった。


「うぎゃあああああああ!!!!!!」


「レ、レオン!!」


 断末魔の叫び声をあげるレオン。

 『爪で腹を刺される』というのは、現実ではどれほどの痛みとなるのだろうか。

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