[ 2 ]――壱
「すいません、あなたって天月沙羅さん、だよね?」
私に、しかもすぐそばに友達がいる中で何を言うと思ったら、相変わらず……。
カレにはほとほと愛想が尽きているので、ぷいっと反対側の方向へ一直線に向かう。カレはどうやら疲れているように見えたが、そんなことはそっちのけで私のことを追ってきた。
どうやら悪びれている様子もない。
その後ろから、見るからに戸惑いを浮かべた友達もついてくる。
戸惑いを浮かべたいのは私の方だ。
本当に、空気の読めない男、全く持って。
苛立ちが勝ってその場でなにか言ってやりたくなった私は、突然振り返り、カレにしっかりと目を合わせて言う。
「龍くん、一昨日の”あれ”があって本当にそんなことを言う? 私の気持ちを逆撫でするだけなんだけど」
「――ごめん……でも言いたいことがあった」
カレの言葉が耳から入ってこない。もうカレのことなんてどうだっていい。そう思い、しばらく、というか今後一生カレを見ないために少し強めな立ち振る舞いをする。そんな雰囲気を読み取ってか、友達らは先に講義に向かったようだ。
しかし、どうもカレは本当に救いようがなく、また悪びれもせず、理由もわからない子供のように首を傾げた。
やはり絶縁の域までいったほうがいいのかもしれない、そう私は確信する。
「……ひとまず、こんな場所ではまとまる話もまとまらないよ? まあ、二日前にまとめたはずだけど、ね。……とりあえず、さ」
そう言いながらどこで今度こそ縁を切ろうか考えていると、また爆弾発言が聞こえてきた。
「あ、じゃあ、大学の近くの橋に行こうよ、あ、いや、行きませんか。あそこ、今朝通ってみた感じ閑散としてたのでいいんじゃないかなと思いまして……」
「……」
「……どう、でしょうか?」
「は?」
あまりにも度が過ぎた発言に半ば呆れた声が出てしまう。
あの橋? あの、”因縁の”橋?
さっきも言った通り、二日前に話をつけたはずなのに?
カレは何を言っているのだろうか。
逆に、あまりに度が過ぎた発言によって冷静になる。わざわざあの橋で話すこととは一体何か、カレはどういう意図であの場所を提案したのか……
「……?」
駆け巡る沈黙の中、一つの推測が立つ。カレは謝罪しようとしているのだろうか? 私が強めの態度を見せてから、カレが意識的に敬語を使っているのもそれで説明がつく。
しかし、そんな中、沈黙に耐えかねたカレの「あ、いや、天月さんが嫌なら全然変えますよ」という発言との明らかな矛盾が解消できない。
――ここで、いやこんな重要なときだからかもしれないが、直感に頼ってしまうのが私の悪い癖だ。そして振り切れたように言う。
「前みたいに沙羅でいい、他所他所しいから。龍くんの考えも知りたいから、まあ……橋に行こう?」
それが始まりだなんて思ってもいなかった。
時刻は11時。いろんなことが降り積もった昨日から、何も食べられずに今の今まで過ごしていた。カレはどうしたのか、なんてのは前では考えていたかもしれない。
今は、避けるようにしている。
ふっと、今にも口から出てきそうになったそれを抑え込む。
カレの名前は東龍之介。
出会ったきっかけは1年前――今はもう絶縁に等しい――それでも、あの日のことは、一年たった今でも、そしてこの先も忘れることができないだろう。
それくらい、私にとって大きな分岐点だった。と、そこで気づく。
また思い出そうとしてしまう。
脳が覚えている。
心は忘れたい。
……そんなちぐはぐを作ったのは、他ならぬカレ自身だ――
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