第71話 極刻印『世羅鳶』

極刻印フィレム・パーソニティ世羅鳶スレーライル』、まだ発動できないか」


ジンはいつもみたいに未亜の近くには居らず、今は自身の心象世界にこもっている。近々、強大な戦闘が予想されるからだ。


そしてジンが今何をしているかと言うと、巨大な魔法陣を指で擦っている。巨大な魔法陣に埃のような霧があるからだ。しかしいくら擦ってもその埃のような霧が晴れる事は無かった。


「これが無いと、割とキツイんだけどな」


ジンは髪をポリポリと弄りながらそんな事を呟く。今のジンの実力では、ブーファスを含めたнебытие無なる万物との戦いは不利どころの話では無い。勝てる可能性が全くなゼロか、と問われれば、ノーと答えるだろうが。


解析の特典がある未亜をジンは誘いたかったが、未亜を誘う訳にはいかなかったのだ。そこにある理由としては、未亜が廃人になる可能性が高いからだ。極刻印『世羅鳶』はこれまでジンが歩んできた道の中の闇が全て詰まっている。


この極刻印『世羅鳶』を持ち主であるジンが全力開放で使うと、高確率で意識を失うのだ。邪悪、闇という属性を持ち、勇気の概念を持つ事で闇の耐性が極大に上がっているジンが意識、つまり一時的に理性を失うのだ。ジンよりも闇に耐性が無い未亜が解析すると廃人になる可能性が高いのも頷けると言うものだ。


「『世羅鳶』以外の極刻印が無いか、と言われればそうじゃないって答えるんだけどな。成功する一歩手前どころか、良くて1000歩手前だ」


そう、ジンの奥義である極刻印は『世羅鳶』以外にも存在している。しかし他の極刻印と比較すると、一番簡単で変換効率が良いのはこの『世羅鳶』なのだ。


ジンは全盛期ならば、と考えたのだが、今は今。全力を出せていた過去に今もこうだったら、と思っても何も良い事は無い。ジンは最強として、英雄として降臨した時に感じているのだ。今の自分を変えたい。しかし自身は動きたく無いので動かない。他人任せにする。それでは何も変わらない。自分が欲しかったものは手に入らない。


(俺が動かないと、何も変わらないんだ。極刻印が無理なら、他の手は。いや、他の手を考えながら極刻印の開放を進めるか)


ジンはこれから起こる戦い、いや、戦争に備える為にそんな事を考えた後、ジン自身の思考を分割する。


思考を何百、何千、何万にも分割しないと勝てない戦いがあった。それと比べると、ただ思考を二つに分割して、通用する手を模索し、極刻印を解析する。それと比べるとまだまだ甘いのだ。






ジンは対抗できる手を模索しつつ、極刻印の解析を進める為に心象世界の時間を限りなく遅くしていた。


心象世界は能力達独自の世界といえども、時間の加速、減速は思考を使わないと、例えジンであろうともできはしない。


なのでジンは思考を三つに分割している……わけでは無い。極刻印、対抗する為の一手、時間減速以外にも、魔法式改良、概念である勇気の権能を効率良く強烈に使用する方法、魔術解析、『無王竜』の拡張、属性である遺物の多数使用・遺物吸収。


思考を八分割している。大雑把に分けたら、だ。八分割程度でこの目的が達成される訳は無い。数としては800を優に超えるだろう。


「暗闇魔術の解析度2.54342843747%完了。遺物開放582、遺物吸収231。極刻印『世羅鳶』解析度32.4%。素体となる『無王竜』の拡張、偽装竜、装甲竜、時間竜、空間竜……合計21獲得。勇気の権能、天の勇気、魔の勇気。合計2の権能解放」


ジンは獲得、拡張、吸収、解放、体感時間4532時間を全て注ぎ、結果を口に出す。ジンが言い終わると、ジンは疲れのため息を吐く。長くの間、思考分割をしていなかったジンからしてみれば、いきなりハード過ぎたのだ。


もちろん、それだけでは無いだろうが。


「はあ、はあ……流石に無茶をし過ぎたか。何度か思考分割をして様々な能力を獲得、拡張、吸収とか色々な経験をしているが、やっぱり慣れねえよ。超越とは言え、流石に能力の連続解放、吸収、解析は身体に疲れが溜まるもんだな」


ジンは体を地面に伏しながらそんな事を口にする。この行動、つまり能力の連続会得は超越だから成し得る事が可能な芸当だと言っても良いくらいに難易度が高いのだ。


超越とは、体の面でもそうなのだが、精神に関してもそうだ。人間を超えたが、超越には成り切っていない。そんな並みの人外がこの芸当をやったとしよう、崩壊する。能力の膨大さで肉体が崩壊する事はもちろんとして、精神も崩壊してしまうのだ。


能力というのは器で成り立っている。精神、肉体という意味では無い。魂という意味でだ。


戦闘において魂は極めて重要な役割を持っている。魂の繋がりソウルツリー魂魔聖転ソウル・ソウル・ソウルだけでは無いのだ。


魂の重要な役割とは、能力の皿、つまり器である。


超越全員、魂の器は極めて広い。でなければ超越には到達できないのだ。


「主天ノ亡霊を使用するか?ロッドの力を今の俺の力に上乗せをするか?いや、ダメだ。あの力は殆ど力が存在していなかったあの時期だからリスク無しで使えたんだ」


ジンは手を考える。自身を犠牲にしない方法を。一瞬、それでも良いからと考えてしまったが、ジンはそれを即座に否定する。今のジンは未亜の恋人でもあり、特異能力なのだから、勝手に消える事は許されない。


「ジン、こんな所で何をしてるの?」


背後に未亜の声が聞こえ、振り返る。


ジンが振り返った背後には、お腹空いたよー、と抗議の視線を向ける未亜が居た。


「悪い、今作る」

「デザートを期待してますよ」

「そんな即興で作れねえって」

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