第33話 デッドエンドのその先に
◆
数日後、
「私に何の用?『誰にも話さず一人で来い』ってちょっと怖いよ」
「あーごめんね。それで、此処に来るって誰にも言ってないでしょうね」
「一応、書いてある事は守ったけど」
「ありがと。それで、本題なんだけど__、」
深雪は持ってきた鞄の中を漁る。
「少し目を瞑って、手を前に出して」
「何で?」
「良いからやってよ」
朝日は深雪の言う通り、目を瞑り、両手を前に出した。
「で何するの?」
「お楽しみ」
深雪は朝日の手に手錠をかける。
「目開けていいよ」
「うん、って何これ!?」
「手錠」
「どうして手錠をつけたの?外してよ」
「だって、暴れられたら手に負えないもの。そのうるさい口も塞ぐね」
「んー!」
深雪は鞄から取り出したガムテープを適当な大きさに切り、朝日の口に貼った。
「やっと、大人しくなったね」
深雪は不適に笑う。その不気味さに朝日は恐怖を感じる。
『ガタッ』
ドアの方から音が聞こえた。少し隙間が開いている。
深雪はドアの方に向かい、勢いよく扉を開いた。
「
「
深雪は
「大人しくしてて、直ぐに終わるから」
優斗は腰を抜かして動けなかった。
深雪は再び鞄を漁り、ナイフを取り出した。
そのまま、「んー、んー」と唸ってる朝日の元に近づく。
「何する気なの?蒼…」
「■すの」
「__っ!ダメだよそんなこと!」
「なら、止めたら?」
ナイフの持ち手を優斗に向ける。
「どう、いうこと?」
「私を■して、大事な彼女を助けたら?」
深雪は優斗にはそんな事は出来ないと確信していた。
しかし、優斗はナイフを奪った。
「!?」
「これで、蒼は何も出来ない。大人しく諦めて」
「はぁ。なら、そのナイフを奪い返すだけ」
「何でこんなことするんだよ」
「ほら、助けたいなら私を刺しなさい!」
「…」
「出来ないでしょ。大人しく見ててよ」
優斗に一歩づつ近づく。優斗は俯いたまま動こうとしない。
「ほら、ナイフ返して」
「ごめんね、蒼」
ナイフの先端が深雪の腹に刺さる。
「なん、で__?」
「勘違いしてほしくないから言っておくけど、朝日を助けるためだけじゃなくて、深雪を助けるためでもあるんだよ」
震える声で話す優斗の目には涙が浮かんでいた。
◇
霧江に刺された。その事実があまりにもショックで、痛みなんて気にしてられなかった。
瞬間、頭の中に大量の情報が流れ込んできた。
私は、涙を流しながら口を開いた。
「ごめんね、霧江。ありがとう」
先ほどまでとは人が変わったかのように、落ち着いた雰囲気で喋った。
そうして、私の意識は途切れた。
◇◆◇
【お疲れさま。どう?楽しかった?】
「見てたから分かるでしょ?わたし」
目の前には、私服のわたしが居る。
私の服はさっきまでと同じ、制服だ。
霧江に刺された時に、大量の情報が流れ込んできた。
この繰り返していた世界が空想上の世界だということ。すなわち、偽物ということ。当然、私も偽物だ。偽物というよりもコピーに近い。
そして、本体のわたしは現在、病院で寝ていること。
順を追って話そう。私が一回目と思っている世界の私は死んでいない。車に撥ねられ、意識を失い、病院に運ばれた。
そして、重症を負ったわたしは後遺症で記憶喪失になってしまうのだ。
そんなわたしが、霧江を諦めるために作った世界、それが私が繰り返していた世界だったのだ。
【霧江は諦められた?】
「どうだろう?でも、これ以上迷惑はかけられないな、って思ったよ」
【そう。それも考えの一つだね】
「一つ聞いていい?」
【何?】
「タイプリープが終わる条件って何だったの?」
【終わる条件…。そうだね、そもそもタイムリープの条件は自殺することだから、他人に殺される事が一つ。元々の理由である諦める事ができたなら終わってたかな】
「ちょっと待って。自殺することが条件って、もし私が誰かに殺されたら強制的にタイムリープが終わってたってこと!?」
【それは無いよ。だって、わたしが作り出した世界だ。大体は自分の思い通りだから、
「それって、霧江と朝日が毎回付き合う運命だったのは諦めさせるためだったってこと」
【そうなるね。結局は諦めきれず、何度もタイムリープをする怪物が生まれちゃったんだけど】
わたしは肩をすくめ呆れたように笑う。
そこで私は一人の人物のことが頭を過ぎる。
「共哉!共哉も諦めるための調整の一つってこと!?」
【そうだね。諦めさせるための刺客兼、君の協力者だ】
「じゃあ、共哉のあの言葉も全部嘘?」
【それは違うよ。あくまで諦めさせるという目的は無意識的なもので、彼の言葉や気持ちに嘘は無いよ】
その言葉を聞いて安心した。こんな私を好きになってくれた人がいることが何よりも嬉しかった。
「でも、共哉は本当は居ないはずの人ってなるのか…」
【それは、どうだろう?君も言っていたけど、同じ学年なんだし覚えていなくても、その人と廊下ですれ違って顔を見ていたかもしれない。体育祭のアナウンスでリレー選手の名前を呼ぶときにもしかしたらその名前があったかもしれない。まぁ、もう確かめる術は無いけどね】
「そう、もしかしたら居るかもしれないんだ」
もしかしたら、知り合ってたかもしれない。そんな可能性をタイムリープで教えてくれた。
【もうそろそろ、目覚めるよ】
「私たちはどうなるの?」
【もちろん消えるよ。仕方のないことだけど】
「寂しいな、もう共哉に謝れないのか。もう霧江に会えないのか__。」
【しょうがないよ。後は新しい私に任せよう】
嫌だったけど、霧江の選んだ相手だから「霧江を幸せにしてよね、朝日」。
口喧嘩ばかりで、言えずにいたけど「ありがとう、共哉」。
自分の身勝手な行動で色々酷いことして「ごめんなさい、霧江」。
そして、何もわからないまま残りの人生を預けちゃって「ごめんね、頑張ってね、新しい私」。
◇◆◇
目を覚ますと、見知らぬ天井があった。
私は、清潔感のある白いベッドに横たわっている。
腕には注射が刺されており、ベッドの隣には点滴が立っている。
「ここは__」
体を起こして部屋を見渡す。病室だ。
どうしてここにいるのだろうか。思い出そうとした時、不意に頭痛がした。頭を触ると包帯が巻かれていることが分かる。
『コンコン』
病室の扉にノックがかかる。
声を出そうとしたところで扉が開く。私の体調を確認しに来たであろう看護師と目が合う。
彼女は数瞬固まった後、慌てて廊下を駆けていった。
「……」
何となく、外の景色を見る。夏本番で日差しが眩しい。
緑が生い茂り、空が綺麗に澄んでいる。とても気持ちの良い天気だ。
ふと、涙がこぼれ落ちた。
しばらくすると、廊下から足音が聞こえ扉にノックがかかる。
「どうぞ」
今度はちゃんと声を出せた。
扉が開き、私と同じくらいの年齢の男の子が入ってきた。
心配そうな顔をしている彼は、ゆっくりと一歩ずつこちらに近づいてきた。
「__蒼」
彼はベッドの横まで話しかけてきた。
「俺が分かる?お母さんは仕事で来れないからって俺が代わりに来たんだ_夕方には来れそうだって」
「あおい__?」
聞き慣れない名前を呟く。
「蒼深雪!君の名前だよ!」
「そう、私は深雪というのね。あなたの名前は?」
彼はひどく悲しそうな顔をする。
「霧江、霧江優斗だよ__」
今にも泣き出しそうな霧江くんは、色々と教えてくれた。
私たちは小学校からの付き合いで、今も同じ高校に通っていること。
私は三年になってから不登校になっていたこと。
私が交通事故に遭ったこと__。
そして、私が記憶喪失になっていること。
彼は話している最中にボロボロと涙をこぼしていた。それほど、蒼深雪のことが好きだったのだろう。霧江くんには彼女がいるため、友達として。
そんな彼を見ていられなくて、抱きしめた。
「ありがとう、心配してくれて」
今の私にできるのはこれくらいしかない。記憶が戻れば、霧江くんは安心するのかもしれない。
でも、今の私に記憶はない。ポッカリと空いた穴の中には霧江くんとの思い出があったはずだ。それを何一つ思い出せない。
ーー何をしているんだよ、昔の私。彼を悲しませるなんて。
この先、記憶が戻らないかもしれない。大人になった時、学生時代の事を話せないかもしれない。それでも、私の事を心配してくれた彼、霧江くんの事はずっと覚えていたい。
案外、直ぐに記憶が戻って来るかもしれない。その時、私は霧江くんに「おかえり」と言って貰えるのかな。その時は今の私はどうなってしまうのだろうか。
そんなこと考えたところで、どうにかなる訳ではない。今はただ、泣きじゃくる彼を支えるのが私にできる精一杯なのだから。
◇
繰り返す袋小路は終わりを迎え、流れなかった終わりを告げるエンドロールが今、流れ始める。
終わり
あとがき
ご視聴、ありがとうございました。
この作品を読んでくださる読者のおかげで、ついに最終回を迎えることができました。エンドロール+追加説明+作者の感想、をご用意いたしましたので、読んでくれると幸いです。
ここまで、本当にご視聴ありがとうございました。
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