12

俊から電話がかかってきたのは、その日の夜のことだった。

お風呂上がりに温かいカフェオレを飲んで、身体を温めながら読書をしていた時だ。

スマホに表示された「天海俊」という名前に私は目を見開かずにはいられなかった。離れてから俊から電話が来たことは一度もない。すべてメッセージでのやりとりだった。どくん、どくん、と鳴る心臓を押さえながら、私はスマホの通話ボタンを押した。雨上がりの空に、部屋の窓から覗く月明かりが、夜の闇を幻想的にほの明るく照らしていた。


「……もしもし」


誰にも聞かれないほどの小さな声で出たのは、電話の向こうの俊の息遣いを聞こうと必死だったからだ。


『凛。凛か?』


懐かしい声が耳に飛び込んできて、私は全身が喜びで震えるのが分かった。俊の声を久しぶりに聞けて嬉しい、と全身が叫んでいるのを知って、また嬉しくなった。泣きそうだった。一言声を聞いただけなのに、少しだけたくましくなったけど、やっぱり十五年間私の隣にいてくれた男の子の声だと分かり、引っ越してから抱えてきた緊張感が一気に解れるのを感じた。


「うん。久しぶりだね、俊」


自分でも驚くくらい素直に俊に言葉をかけていた。電話越しに、私たちの間を流れる空気が一気に弛緩したのが分かった。


『良かった……出てくれて。俺、もう二度と凛の声を聞けないんじゃないかって思って、不安だったんだ』


電話の向こうから聞こえてきた安堵の声に、私はおかしくて笑ってしまう。


「もう二度となんて、大袈裟だよ。メールだっていつもしてるじゃん。たった800km離れてるだけなのに」


『そうか、そうだな。800km、それだけだ。たったそれだけなのに遠く感じちまうなんてなあ』


遠い。東京から高知まで、高校生の私たちにとっては海外と変わらないんじゃないかって思うくらい、遠くに感じる。でも、高知にも同じように高校生がいて、夏の大会があって、東京の高校生と何ら変わらない生活を送っている。とても不思議だけれど、一生懸命に撮影をして汗を流す蓮と、サッカーでゴールを決める俊の姿が想像の中で重なった。


「……俊はさ、私に好きって言ってくれたじゃん」


俊の吐息が、電話越しに聞こえるんじゃないかってぐらい、部屋の中は静まりかえっていた。自分しかいないから当然のことなのだが、それ以上に家の周囲に車や人がいないのが原因だろう。田舎の夜はとても静かだ。東京では周囲の雑音が家の中まで響いて、夜中でも耳障りな音が鳴っていることが多い。


『ああ、そんなこともあったな』


俊は「忘れてたよ」とでも言うぐらいの軽さで答えた。だけど、俊の中であの「好き」が、まだ記憶にこびりついていることは私が一番よく知っている。

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