魔法師殺し

「やあ、君が広野心愛ちゃんだね」

「そうだよ! 君は……あれ、誰ぇ?」


 直哉による聞き込みが終わったその日の夜の事。広場で日課のトレーニングを行っていた心愛の元に凛とした声が届く。

 彼女がその声の元を見ると、声の主──その少女は脇の建物の屋根に座って彼女を見下ろしていた。

 その姿は正しく芸術品といった方が正しいのだろう。サラサラとした長い白銀の髪は月光に照らされてキラキラと輝き、病的なまでに白い肌と相まって暗闇に彼女の姿をぼんやりと映し出している。ひらひらとした制服が風に舞い、まるで羽衣の様にはためく。

 月をそのまま埋め込んだ様な黄金色の双眸が心愛の姿を映し出したかと思えば、少女は屋根から飛び降りて音もなく静かに着地する。


「あっ、君危ないよっ」

「はは、優しいんだね。でも大丈夫さ」

「そう? 所で君は誰? ボクは皆の顔を覚えてるつもりだったんだけど……」


 しゅん、と心愛は落ち込む。

 制服を着ているという事は目の前の少女はこの学園の生徒だ。心愛はヒーローとして守るべき人間の事は覚えている(つもり)だったのだ。


「まあ僕が誰かなんてどうだっていいじゃないか。そんな事よりも僕は君に武術の稽古をつけに来たのさ」

「武術のけいこ? でもボク、部活には入ってるよ?」


 心愛は今、『炎真陽流天照学園支部』という武術系部活動に所属している。

 彼女はとある理由から魔法を使えず、代わりに身体能力が大きく向上している。なのでこうして武術を身に付けようとしているのだ。

 だが、それを知って尚少女は首を横に振る。


「それは戦う為の武術じゃないよ。君がヒーローになる為の力をその部活は教えてくれない」

「ええっ、そ、それは困るよ」

「今君が学んでいるのは"表"の武術だ──僕が教えるのは、"裏"の武術」


 そう言うと刹那、彼女の姿は三つに分身する──次の瞬間には心愛のすぐ前に来ていた。


「わっ、い、今のって」

「人間の視界は焦点が合っている所以外はぼやけてる。それを利用して分身した様に見せて相手に近付く技だよ。僕は君ほど身体能力は高くないけれど、技術を使えばこんな芸当も可能になる」

「す、すごーいっ!!」


 心愛は目を輝かせる。それに少女はニコリと笑い、手を差し伸べる。


「きっと君ならすぐに覚えられるよ。もし覚えたいというのなら、僕の手をとってくれ」


 少女の言葉に、心愛はすぐにその手を取る。

 これで強くなれると喜ぶ彼女を他所に、少女はただ笑顔を浮かべ続けるのだった。




「な、なんでもうあの姿に……」


 そんな少女を、影から見つめる謎の影気配を隠すのは一級品の一般通過腐女子がいるのには気付かずに。



──────

───



『"魔法師殺し"、お前の出番だ』


 そんな指令が『組織』から届いたのは今朝の事。

 別の仕事で大阪に居た俺はため息をつき、立ち上がる。ここは俺のセーフハウスの一つ、誰にもバレていない筈だ……なのにも関わらず、奴等からの指示は的確に届いて来る。厄介な奴等だ。

 指令の内容を確認し、俺は思わず顔を顰める。


「『国立天照魔法学園に侵入しそこに居る朝露咲良という生徒を暗殺せよ』……」


 同封された写真に載っているのは、制服に身を包み友人らしき少女と共にカフェでジュースを飲む赤紫色の髪をした幼い少女の姿。

 これを暗殺しろと奴等は言うのだ。


「……」


 俺は胸元からペンダントを取り出し、開ける。そこには一人の女性が──俺が愛したただ一人の女性が映っている。


「……すまん」


 その顔を見て俺は謝罪し、ペンダントを外して引き出しに仕舞った。



 だが、その直後に俺は驚愕する。


「なっ……」


 何気なく町へ繰り出したそこで、俺は三人の少女と歩くターゲットを見つけたのだ。


「馬鹿な、何故ここに居る……!?」


 組織によれば朝露咲良は今日も学園に居る筈である。少なくとも今日外出するという報告は来ていない。

 まさか俺の計画は既にバレて先手を打ちに来たのか? もしそうならば今すぐにここを離れなければならない。俺は男、魔法は使えない。近距離戦では魔法師相手には勝ち目はない。

 だが、そんな俺の焦燥を他所に彼女らは談笑しながら明後日の方向に移動する。指令を受けた身だ、その行方は追わなければならない。

 なので俺は遠巻きに彼女らを追ったのだが……


「なっ、ど、どこに行ったんだ!?」


 建物の中に入り、人気のない角を曲がったと同時に彼女らの姿が掻き消える。


「まさか、テレポート……?」


 テレポートは高等魔法だ。あの四人の誰が使ったのかは分からないが、もし朝露咲良であった場合彼女を仕留めるのは思った以上に困難であろう。

 だがこれを先に知る事が出来たのは好都合だ。俺は彼女についての情報を集めようと情報屋へ赴く。


 そしてそこで、またしても衝撃的な事実を知る。


「特高を、壊滅させた……?」

「ああ。未確定情報ではあるがな」

「馬鹿な、あの悪名高い特別高等警察だぞ? それを壊滅させるとなれば」

「少なくとも一人でやれることじゃない。だがその朝露咲良が特高に逮捕され、翌日には北海道の収監施設に地上まで続く縦穴が空き、所属してた魔法師がダース単位で無力化されたのは事実だ」


 個人ではやれずとも、少なくとも特高を一蹴出来るだけの何らかの組織が朝露咲良の背後にいる。彼はそう付け加える。

 その他にも入学直後の決闘において凄まじい攻撃を繰り出したとか、以前学園を『組織』が襲撃した際にそれを一蹴しただとか到底信じられない情報がポロポロと出てくる。しかもそれらは裏がとれているのだ。


──因みにだが、彼女がデウス・エクス・マキナを倒した事は裏社会にも知られていない。そもそも目撃者があの場に居た輝夜や芽有達しか居ないので当然である──


「これを殺るってのか? ……やめておいた方がいいぞ」

「っ……だが、殺らなきゃいけないんだ」

「そうか。ならもう俺は何も言わねえよ」



 セーフハウスに戻った俺は準備を整える。

 最初は最難関は学園への侵入かと思っていたが、今となっては暗殺こそが最も難しい部分だと理解させられた。生半可な武器では不可能どころか逆探知されて自分が一瞬の内に死ぬこととなるだろう。そして、あの特高ですら殺せなかったとなれば確実に人質作戦も意味をなさない。

 ここは、多少侵入の難易度が上がるとしても最大限の準備を整えるべきだ……



 協力者の車を乗り継ぎ、学園に辿り着いたのはその日の夜の事。彼は内通者の協力を得て学園内部に入り込む。

 そして咲良の部屋がある睡蓮寮から一キロ程離れた建物の屋上に位置取り、持ってきた武器を構える。

 バッグから取り出した幾つものパーツを組み立て、巨大な銃を完成させる。


「マグアーミー試製MR146……これが俺が出せる最大の火力だ……」


 銃身だけで一メートルはあろうかというその銃は、アメリカ合衆国で開発された対物電磁ライフルである。魔法師の出現率が極端に少ないアメリカでは技術力を死に物狂いで上げており、これはそんな狂気が生み出した代物だ。

 口径は12.7mm。アメリカのとある銃企業が魔導技術と科学技術を組み合わせて作ったもののコストが上がりすぎて結局一般販売はされなかった。その貫通力は旧世界における戦艦、大和の主砲にすら匹敵し、大型の魔物の表皮すらも貫通する。

 彼はそれを構え、赤外線カメラを通して眠っている咲良の姿を正確に把握する。風向きや湿度、温度も計算し、確実に脳を吹き飛ばす弾道を予測する。


「3、2、1……」


 カチ、引き金を引き、銃口から純化タングステン弾が放たれる。

 科学技術の粋を集めて作られた消音器は、レールガンの小さくない音を完全に消し去った。

 そうして静かに放たれた銃弾は音の十倍以上の速度で空間を駆け抜け、瞬きもしない間に強化窓ガラスを一瞬で貫く。


「……すまん」


 彼は一瞬だけ目を閉じた。

 恐らく、あの少女は何も知らないまま短い一生を終えたのだろう。如何に反応速度が優れていようとそこには人間としての限界がある。意識外からのこれ程の速度の一撃には流石に反応は出来ない筈だ。

 これで自分は一線を越えてしまった。無辜の少女を殺したのだ。最早後戻りは出来ない……


「すまない……」


 兎も角、これで任務は完了という訳だ。


 最後に俺はもう一度少女へ謝罪と黙祷を捧げ、速やかにその場から立ち去る──





「誰に……謝ってる、です?」



──筈だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


10秒で終わるのでフォロー星ハート感想レビューよろしくお願いします

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る