“英雄”

「お初にお目にかかります。私は大日本帝国陸軍中央軍第八師団参謀長、広野直哉大佐です」


 目の前の初老の男性が恭しく敬礼をする。

 男性の背丈は180後半、一見しただけではあまり分からないが、その手の人間が見れば服の下に隠されたよく鍛えられたガッシリとした肉体を感じ取れる事だろう。

 着用しているのはくすんだ緑色の軍服、その胸元には幾つかの勲章が瞬いており、首元には黄色い下地に横に赤い三本線、そして三つの星──大佐の証がある。


「こちらこそお初にお目にかかります。睡蓮家本家長女、睡蓮紅葉です。かの『英雄』殿にお会いできるとは光栄です。そしてこちらが」

「は、はじめまして。わ、私は秋空雲雀っ、です」

「……朝露咲良、です」


 そんな彼にアタシ達も挨拶を交わす。


 部室棟で非常に不本意な事をしてしまってから一時間程経った頃、咲良達はしれっと帰ってきていた。

 彼女の姿を見た時には思わず足が竦んでしまったものだが、あちらは分身からのフィードバックは無いのか、或いはあるのかは分からないがいつもと同じ調子で接してきた。

 迷ったが、アタシは何も知らないフリをした。そうして、先程部室棟に行った目的──彼女らへの来客の存在を告げたのだ。

 その来客こそが今目の前にいる軍人の男性。彼はアタシの言葉に苦笑いを浮かべつつ言う。


「英雄、ですか。私はそんな大層な者などではありませんよ」


 彼の視線が自らの胸元の勲章に注がれる。


「……ただ、運が良かっただけです」



「な、るほど……それは本当なのかね?」


 さて、彼がここに来た目的はシリエスについての捜査の為である。

 だからまず、奴を倒した際に居た三人組アタシ達に話を聞いた訳だが……その内容は到底信じられない物だった。


 シリエスですら目で追えない速度の光線を正確に四肢に当て、消し飛ばす……交戦時間一分足らず。

 嘘だと言ってくれ、そんな目線をアタシへ送ってくるが。


「彼女が言っている事は本当です。私と彼女雲雀が保証します」

「エッ、は、はい。咲良はとっても強いっす……です」

「そ、そうか……」


 彼がここに送り込まれた理由は、何を隠そう十四年前にシリエスを殺したのが他ならぬ彼だからだ。

 それまでいつ何処で誰が殺されるか分からない、そんな暗黒時代を終わらせた軍人、広野直哉。だからこそ彼は勲章を貰い、世間から『英雄』と呼ばれる様になった。

 そんな彼だからこそ、シリエスの強さはよく知っている。よく知っているからこそ、何も出来ずに無力化されたという事が信じられなかったのだろう。


「と、取り敢えず、一回その──」



「パパーーーっ!!!」



「ぐえっ」


──魔法を見せて欲しい、そんな彼の言葉はいきなり突っ込んできた白色の弾丸によって中断される。


「心愛ちゃ〜ん? いきなり突っ込んだらダメやよぉ?」

「あっ、ご、ごめんパパ」

「はは、大丈夫だよ……久しぶりだね、心愛」


 白色の弾丸──広野心愛は、彼女の後に入ってきた美玖に窘められ、自らが直哉に馬乗りになっている事に気付き慌てて謝罪する。

 そのすぐ後に芽有と、彼女の陰に隠れる様に文果が入ってくる。アタシ、咲良、雲雀、文果、芽有、心愛、美玖。これで一応、学園でシリエスと会った人物は全員この場に集まった訳だ。


「……っていうか、パパ?」


 美玖が訊き、心愛はキョトンとした顔で返す。


「うん! パパはボクのパパだよっ!」

「ほお~……道理で強い訳やぁ」

「あんまり似てないですね……」

「……」


 美玖は何やら納得した様な顔をし、文果は失礼な呟きと共にメモを、そして芽有は目を伏せて何かを思案している。

 広野心愛。彼女が直哉と親子なのは知っていたがここまで親密だったのか。いやまあ親密に越したことはないが。あと文果ちゃんはまた説教だね……


 そうして全員が集まった所で早速聞き込みが行われる。

 まず文果が襲われ、そこを芽有が助ける。だがシリエスは神域を発動、芽有も神域で対抗するものの敢え無く敗れそうになった所を心愛と美玖が乱入、しかし大して拳を交える事もなくシリエスは撤退した。

 だが奴は学園から出た訳ではなく、内部を歩いていた所をアタシ、咲良、雲雀の三人に遭遇。次の瞬間には咲良の魔法によって四肢を飛ばされ、結界に身体を覆われて無力化、収監されて今朝自死しているのが発見された。


「信じられない……あのシリエスに一歩も手を出させないまま無力化するなんて……だが、今見せられた魔法であれば、確かに可能だろう……」


 話の中でやはり咲良がノイズ過ぎた。

 もし彼女が居なければアタシと雲雀は善戦こそすれど無惨に殺され、その後も何人かの女子生徒を嬲った後に満足して帰っていっただろう、と彼は言う。

 なので彼もアタシの証言があって尚半信半疑であったが、咲良がショックカノンを実際に使って見せると納得する。まあアレを見せられれば納得せざるを得ないだろう。何しろ単純に込められた魔力量だけ見ても都市一つを吹き飛ばすのに充分過ぎるのだ。それに加えて正確な追尾性、無詠唱で放てる速射性、光速に近い速度、何度見てもぶっ壊れである。

 確か快人も使えるらしいが、アチラは長い詠唱を必要とする上に一度放てばそれだけで魔力をほぼ失ってしまう点でバランスをとっている。一方咲良はこれを数百発撃って尚平然としているのだ。意味がわからないよ。


「とはいえ、奴は素直に諦めて自決する様な性格ではありません。一度こうして蘇ってきたのだから二度目があると考えるのが自然でしょう」


 彼は言う。


「それなんやけど、シリエスは本当に死んでたぁですか? 一度死んだひとが同じ身体に"出直す"のは有り得ない事なんやけど」

「それに関しては間違いありません。あの時私は確かに奴の死を確認しました。後に医師による死亡確認も行われ、死体は特殊な薬剤によって融解処分されました」

「……素直に神さんに身体返せばええのに。不敬な女やこと」


 美玖の問いに彼が答え、彼女は不機嫌そうに呟く。

 彼女は奈良にある宗教団体の現最高指導者であり、その教義では死は不幸な事ではなく神に身体を返す機会であると考えている。その教えからしても彼女はシリエスが許せないのだろう。


「あ、咲良。何か分かったかい?」

「……」


 死体安置所に行っていた咲良が戻ってくる。


「あの結界は、普通なら……死んだとしても、魂を逃がす事はない、です。ですが……中に魂は無かった、です」

「そうか……となると」

「ですが代わりに、弱いですが……神の魂が残っていた、です。恐らく、それを身代わりにして……魂を逃がした、のでは」

「ぶっ、ごほっ、ごほっ」

「!? 芽有お姉さま、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です……」


 咲良の衝撃的な話に驚いたのか、芽有が何やら咳き込んでいた。

 それを文果が気に掛ける……お姉さま? まあ、いいか。


「魂の位置とかは分かるかい?」

「巧妙に隠されていた、です……もう少し、時間があれば分かる、ですが」

「分かるんだ」

「はい……一日程、あれば」


 たった一日で突き止めてしまう咲良をほめるべきなのか、或いは彼女相手に一日誤魔化せる奴を称えるべきなのか。



「けほっ……少し、いいですか」


 と、そこで回復した芽有が手を挙げる。


「私がシリエスと戦った時、奴は神域を発動させる前に『新たに手に入れた力』と言っていました。そしてその後に発動させた神域の内容は、人を狂気に陥れる……恐らくその結界の中に残っていた神が、奴のいう『新たな力』の源でしょう。これは確実に、奴を復活させた何者かが入れ込んだ筈です」

「元から持っていた可能性もあるんじゃないっすか?」

「それは有り得ない。奴は使える物は何でも使う。そして十四年前には奴は一度も神域を使わなかった」

「奴が元から契約していた妖魔は『ファフニール』、そして今は加えて……恐らく『シュブ=ニグラス』」

「!?」


 アタシ達は彼女の言葉に驚く。


「な、何故分かるんだ」

「奴が神域を発動させる時に言った『Harag-Kolath』はシュブ=ニグラスが建設したとされている都市の名ですから。まあそれだけの根拠ですが、信じるに値する情報ではあると考えます」

「なるほど……」


 彼女は続ける。


「ここで考えるべきは「何故シリエスを復活させた者はこれを混ぜたのか」です。あくまでも私の想像にはなりますが、もしかすれば「混ぜなければならなかった」のではないでしょうか」

「どういう事だ?」


 紡がれる推理に直哉は前のめりになって訊く。


「要するに、復活させる条件……或いは復活させた身体を維持する為に無理矢理神と一体化させたって事です。この世界の摂理として死んだ人間は蘇らない、しかしそこに神という要素が加われば話は別です」

「なるほどな……まて、朝露君、確か今その神は」

「結界の中にいる、です」

「そうなると──!」



「はい。多分近い内にシリエスやそれを蘇らせた何かが神を取り戻そうとしてくる筈です」



──────



「パパ、ボク、ちょっとだけ聞きたい事が……」

「ん? 心愛、どうしたんだ?」

「……ううん、なんでもない。お仕事頑張ってね!」


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