複雑な家庭

──自分を殺そうとした不審な男を捕まえた──


 その報告を受けた紅葉は、駆け足で咲良の部屋に向かっていた。

 夜だというのに、彼女は憚らず足を進め、すぐにその部屋に辿り着き、扉を開く。


「──え」


 そこに居たのは寝間着姿の咲良と雲雀、そして光の鎖で雁字搦めにされて床に正座させられている一人の男。


「あ、紅葉、さん。コイツが……って、え」


 紅葉はその顔を見て、咲良が話すのも気に留めず男の元へ近付き──



 パン。



「ッ……!!」


 彼女らが見る中、紅葉は高い音を立てて男に平手打ちをする。彼女の顔は怒りと、そして哀しみを含んでおり、打たれた男の方はといえば眉を下げて何やら申し訳なさそうにしている。

 普段はあまり見ない紅葉の姿に、咲良と雲雀は呆然とする事しか出来なかった。


 だが、次の瞬間に彼女が発した言葉で二人は驚愕する事になる。



「どうして……どうしてなの──兄さん!!」

「っ……」

「「──え?」」



──────

───



「えーと、つまり……この人が"魔法師殺し"?で、紅葉寮長のお兄さんって事っすか……?」

「うん、そうだよ。ふん、でももう兄と呼ぶのはやめようかなって思ってるけどね!」

「ああ……もう俺にはお前に兄と呼ばれる資格はない……」


 普段の紅葉からは想像できない様な失望した様な声色と顔、それに全てを諦めた様な顔をする男。そんな場面が私達の部屋で行われている。

 そもそもの発端は咲良がいきなり撃たれた事である。真夜中に眠っていた私は突然咲良に起こされたのだ。

 そして彼女は「狙撃された、です」とだけ言い残すとどこかへ消え、すぐに戻ってくる。目の前のこの男と共に。因みに何故ここなのかといえば、まだ他に刺客が残っていた場合、下手に動き回るよりも固まっていた方が安全だから、という事らしい。

 ちなみに狙撃自体は普通に部屋に張っていた自動プロテクションで防いだらしい。


「……ちなみに魔法師殺しって何すか? 私あまりそういうのに詳しくなくて」


 何だか物騒な名前である。

 それに答えたのは彼ではなく紅葉だった。


「魔法師殺しっていうのは、裏社会で活動する殺し屋の一人さ。普通魔法師は魔法師じゃないと殺せない、それだけの力の差があるんだけど、それを武器や罠を使って殺す男の殺し屋……その正体は、昔に睡蓮家を飛び出した睡蓮木賊とくさ、つまりアタシの実兄ってわけ」

「今はもう睡蓮じゃない。荒砂だ、婿に入ったからな……」

「そうだ、それだよ。兄さん、深雪さんはどうしたの? 政略結婚の直前で駆け落ちまでして結婚したのに、それに深雪さんに誓ったんでしょ。カタギと子供には手を出さないって!!」

「深雪は……もういいんだ。もう全て終わりだからな。俺の事もさっさと殺してくれていい」

「そればっかり!!」


 何となく話が見えて来た。

 まず目の前の男は元睡蓮の現荒砂木賊。魔法師殺しの異名を持つ裏社会の殺し屋で、かつて睡蓮家を飛び出して一般人の女性と駆け落ちした。

 その後は魔法師の殺し屋やらギャングやらを専門とする殺し屋をやっていた……が、今回それを破って一般人の子供である咲良を狙った事で紅葉は怒り心頭という訳だ。


「……成程、奥さんが難病で……しかも、人質に取られている、と」

「なっ」

「咲良、記憶読んだんすか?」

「何か面倒、だったので……」


 まあ記憶が読めるならそうするのが一番早いか。元々殺しに来た相手だし躊躇する理由もない。


「深雪さんが、人質!? なっ……なんでアタシに先に相談してくれなかったのさ!! 兄さんにとってアタシってそんなに……そんなに頼りないの?」


 彼の衝撃的な事実を聞き、紅葉は拳を固く握り締めて悲しげな表情を浮かべる。

 だが、それに彼は声を荒げる。


「違う!! だが、"奴等"は無理だ。奴等は何処にでもいる……たとえ睡蓮だろうが、いや国家が相手だろうが奴等は……『組織』は、得体のしれない力を持っているんだ。奴等に逆らったと知れればお前だってただじゃすまないだろう……」

「兄さん……」


 これが兄妹愛という奴なのだろうか。私には兄弟はいないのでよくわからないが……

 とはいえ、とはいえだ。


「と、とはいえ咲良はアンタに殺されかけたんすよ? い、幾ら人質が居たからって……!」

「そうだよ! っ……あ、アタシには……自分の寮生を守る義務が……ある」

「ああ、その通りだ。だからもう……好きにしてくれ。任務が失敗した事は既に奴等も掴んでいるだろう。どのみち俺も深雪も助からない」

「……」


 私と紅葉が憤慨する中、咲良はただ沈黙を保っていた。

 実際の所、彼女はあまり事を重くとらえていないのかもしれない。何しろ彼女の全自動防御魔法は彼女を完全に守り切り、実害はない。

 でもそれは狙われたのがこの部屋だったからの話。これがもし他の生徒だったならば、例えば快人や比奈だった場合はほぼ確実に死んでいたのだ。そのケジメは付けるべきだろう。


 私達の視線が咲良に向き、やがて彼女は口を開く。


「……取り敢えず、その深雪とかいう人を……助ければいい、ですか?」

「……!? な、何を」

「病気を治して……安全な場所に匿う、です。まあ、それくらいは……やってもいい」

「ま、まて」

「咲良ちゃん!?」

「さ、咲良!?」


 だが、彼女が言った言葉は完全に予想外の方向だった。

 彼女は自分を殺そうとした相手を助けようと言うのだ。


「あ、アタシとしては嬉しいけど……でも、キミはそれでいいのかい!?」

「ええ、まあ……ただその代わり、協力してもらう、ですが」

「そ、それは勿論構わないが……いやちょっと待て! 俺の話を聞いていたのか? 組織は──」


 彼の言葉を遮る様に彼女は言う


「貴方はさっき、どのみち自分は死ぬ、と言った、です。つまり貴方を……泳がせていれば、組織が勝手に始末しにきてくれる、ですよね?」


 つまり彼女は、彼に組織をつり出す為の囮になれと言っているのだ。だが、彼女がいる限り彼が死ぬ事はないだろう。実質ノーリスクである。

 しかし、わざわざ彼を囮にする必要などあるのだろうか。


「でも咲良、シリエスの死体から追跡出来るとか言ってなかった?」

「確かにできる、ですが……一日あれば、場所も変えられる、ですよ」


 紅葉の問いに彼女はそう返す。

 『組織』の警戒心がどれほど高いか分からない中、確かに追跡方法は複数あった方がいいだろう。


「あ、その後は……ちゃんと、刑務所に入る、ですよ」

「あ、ああ……」


 そんなこんなで、殺し屋との交渉らしきものは終わる。


 そこからの咲良の行動は素早かった。

 まず記憶から読み取った深雪の場所──アメリカ──にテレポートし、ハイネスヒールで難病をあっさりと完治させると共に彼女を狙っていたらしい殺し屋達を一蹴。因みにそいつらもただの鉄砲玉で組織については大して知らなかった様だ。

 そして何が起きたのか分かっていない深雪を日本まで連れてきて木賊と軽く再会させた後、彼女に咲良謹製のお守りを持たせた後寮内の空き部屋に住まわせた。

 最後に何とか逃げ出した風を装って木賊を解放し、この件は一旦幕を閉じる。


「……何というか、なんだか本来は凄く長くなるイベントを一瞬で済ませた様な気分っす」

「アタシも同感……抱えてた問題が一気に解決した……」


 それら一連の行動を見ていた私達は、ただそんな感想を言う事しか出来なかった。



──────



「ほら、これが約束の物さ。精々大事に扱ってくれよ?」


 某所に位置する組織の研究室。そこを長身の黒人の青年が訪れ、とあるものを白衣の男に手渡す。

 それ──白い皮膚の欠片を手にした男は口角を上げる。


「おお、これが広野心愛の魔力が充填された体細胞か。これさえあれば、奴の延命も……!」

「あ、そ。じゃあ頑張ってね」

「ああ、感謝するぞ、本部の新人類よ」


 そんな表層だけの感謝を聞き流し、男性はその場を後にする。

 そして誰も居ない場所で男性は青白い髪の少年──涼介へと変化する。

 あの皮膚は、彼が心愛との特訓で得た物だ。彼が融合させられている神はニャルラトホテプ。ニャルラトホテプは幾つもの姿を持つと言われており、その力を得た彼も少女や男性の姿などになる事が可能なのである。

 心愛はシリエスの実子。シュブ=ニグラスの力を失ったシリエスを延命する為にはその細胞が必要であった。それも単なる細胞ではなく、魔力が十分に込められた物だ。だからこそ彼は心愛との特訓の中で「魔力を身体の隅々までいきわたらせて」と言い、シレっと特訓中に皮膚を少し削り取ったのである。


 だが、彼の真意はシリエスの延命にはない。

 彼はあの白衣の男もシリエスも、心底軽蔑していた。



「……気が済むまで血の一滴まで踊り狂えばいい。どうせ消えるのなら、精々力を出し切ってから全て消えてくれ」



 そう呟くと、彼の姿は闇に溶けて消えた。


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