予定不要ッこの"非人道的最強魔法"があればいいっ

「ちゃんと予定とか立ててるんか? 正直咲良にそういうイメージが無いんやけど」

「舐めすぎ……完璧な予定、ある」


 さて、そんな弟君の事は兎も角リビングにて咲良が父親にそんな事を言われている。うん、その点は正直同意である。咲良がずっと引き篭もっていた事は知っている。それを間近で見てきた両親ともなれば尚更だろう。

 そして、その予感は当たっていた。


「明日は神社、明後日は進水式、宿泊はホテル」


 彼女は胸を張りそう言った。


「……それだけ?」

「……? 何か問題でも?」

「予約は?」

「予約?……あっ」

「あァ……確認しとくべきだったっすね」


 彼は呆れた声を出し、母親は額を押さえ、雲雀はあんぐりと口を開けている。

……はあ、うん、まあそんな事だろうと思ってた。


 これは後ほど知った事だが、この大雑把にも程がある計画には彼女の前世が関連していた──大まかな目標だけを決めて後は現地で調整する、という生活を送っていた様だ。

 細かく計画してもその通りに行く筈もない。そこまで過酷な世界であったし、そして今の彼女にはどんな輪廻も無視して計画を実行させられるだけの力があるのだ。


「ご安心ください、アタシの宿泊先は既に用意してあるので。二人は……咲良ちゃんなら何とか出来るでしょ」


 流石にこの家にアタシまで居座るとなると迷惑がかかるだろうから、事前に私の分のホテルはとっておいたのだ。外出規定的には二人から目を離す訳にはいかないのだがその点は一応考えてある。

 咲良は冷や汗を垂らしながら自らの胸を叩く。


「ひ、雲雀……ま、任せる、です。私の魔法にかかれば、どんな部屋でもスイートルーム、です」


 勿論だが、学園外で生徒が魔法を使うのは原則禁止である……私が許可を出したという事にしておこう。彼女には下手に枷をかけるよりも自由にさせておいた方がいい。そもそも枷なんてかけられないし。

 さて、そんな彼女の言葉を聞いた両親は呆れる──のではなく。


「そうか、魔法を使えるんやったな」

「魔法師になったのねぇ……」


 しみじみとした様子。確か二人共魔法とは縁のない家系だった筈なのでこういった反応になるのも仕方がない……もしあなた達の娘さんは世界を滅ぼすって予言されてますよなんて伝えたらどうなるんだろう。


「あ、もしかしてさっき「神社に行く」って言ってたのもそれか?」

「うん。魔法師は……神や妖怪と契約して魔法を使うから」


 と、そこまで言った所で彼女の身体から光が飛び出してくる。

 それはすぐに小さな少年の姿へと変わり、リビングにキャラクターがもう一人追加された。


「初めまして、やないな・・・・! ウチは鳥高、鳥高山の神様やで!」

「「……」」


 鳥高神、咲良の契約神。結構フランクだね。

 さて、そんな彼を見た二人は目を見開いて硬直している。


「さ、咲良……」

「あらあら……」

「毎年おおきに! ちゅーか咲良、アンタ家族と初詣行ってないんか」

「余計なお世話、です……」


 何となく事情は察した。

 魔法が認知される前とは異なり、現代社会では神とは存外身近な存在なのであり、全国各地の神社に赴けば意外と簡単に神と会う事が出来る。

 多くの人々が詰めかける大神社ではまた別だが、鳥高神社の様な……行ってしまえば地域でのみ信仰されている様なマイナー神社では普通に神と接する事が可能なのだ。

 恐らく朝露家は毎年の初詣で鳥高山に赴いていたのだろう。だから彼は二人の事を知っており……そして、引き篭もっていた咲良は来ていなかった、だから彼の事も知らなかったのだ。


「「鳥高様、娘をどうかよろしくお願いします」」

「おう、任せとき!」


 二人は彼に頭を下げ、彼はどんと胸を張る。多分彼、咲良に迷惑しかかけられていないのだろうけれど。もう少しダイエットしても良いと思う、器の大きさの。


 それはともかく。


「さて、アタシはそろそろホテルに行くよ」

「それは分かった、ですが……何故、魔装を?」


 鈍い黄金色の両肩の玉鎧、勾玉の様な装飾があしらわれたビキニタイプの胸当て、腰の青い長紐で結ばれた股下十センチの橙色の袴とそこに提げられた直刀。靴は黒い革製の履物、そして髪は後ろで結われ、短めのポニーテールの様になっている──これが、私の魔装。

 咲良の疑問は当然である。一体ホテルと魔装に何の関係があるというのか。


「一応アタシ、君達の監視役だからね。体裁だけでも整えておかないと……"顕現せよ"」


 私がそう呟くと、差し出した腕の上に純白の白鳥が現れる。


「この白鳥はアタシの契約してる神様の化身でね。彼に見てもらっておくことにするよ」

「はあ」

「それって大丈夫なんすか?」


 雲雀が不安げに言う。


「一応視覚は共有してるし、それにアタシが傍に居ようがホテルに居ようが咲良ちゃんを止めるなんて出来ないだろうしね」

「確かに」


 アタシの説明で雲雀は納得し、咲良の両親は凄い顔をしている。自らの娘に向かって、お前何したんだ、とでも言いたげな。


「じゃあまた明日ね。あ、鳥のご飯とかは考えなくて大丈夫ですので」


 バイバイ、と手を振り部屋の外に出ようと扉に向く。

 そこにはこっそりと覗いていたらしい瑞希が顔を真っ赤に染め、少し鼻血を垂らしてこちらを呆然と見つめていた。ああ、子供にはこんな格好魔装はまだ早かったかな。


「ふふ、またね」

「へぁ」


 私は通りざまに彼に微笑みかけ、玄関から出て飛び立った。ああ、ウブな反応も癒されるなあ。


 飛び立った後、振り返る。

 普通の家、普通の家族。でもきっと、そんな"普通"がこの世界で最も尊いのだろうし、だからこそ咲良もそれを守りたがっているのだろう。そして彼女にはどうやらそれが出来るだけの力があるらしい。

 それはどうしても心地よく、どうしても安堵させて──ほんの少し、羨ましい。



──────



 紅葉さんがホテルに向かい、この場に残されたのは雲雀と咲良、彼女の両親と鳥高様、茫然自失の瑞希君、そして白鳥。どうやら神の化身らしいそれはバサバサと飛び、部屋の隅に置かれていたテレビ台にとまる。地味に圧が強い。


「咲良、学園で何かしたん?」

「特に何も……」


 父親からのじとりとした視線に彼女が答える。

 うん、嘘である。


「咲良は私の大恩人なんです。彼女の魔法はとっても凄くて……もし、咲良が居なかったら今頃私はここには居ません」

「は、はぁー……」

「よ、よく分かりませんが娘がお役に立てたのならば良かったです」


 いきなり命の恩人などと言われてもまあスケールが大きすぎてよく分からないだろう。

 二人は目を白黒させ、当の咲良は少し顔を赤く染めている。


「せやなあ。寧ろウチとしてはこの子が入学するまで強さを隠し通してた事の方が驚きやねんけども」

「むう……」


 鳥高様の声に何か言いたげな表情の咲良。


「わ、私の事はもういい、でしょう。そ、それより……ママ、夕ご飯、何?」


 あからさまな話題逸らし。母親はポカンとした表情から苦笑いに変わる。


「ふふ、今日は帰ってくるって聞いてたから咲良の好きなカレーよ」

「やった……!」


 彼女の顔が明るくなり僅かに小躍りする。いつもはイマイチ掴み所のない彼女の年相応の面を見れた気がした。


 その後、私達は彼女と共に料理をした。

 人参、ジャガイモ、タマネギ、大豆、そしてミンチ肉。ルーは甘口と中辛のブレンド。それが朝露家のカレーの特徴らしい。ミンチ肉なのは咲良が肉の脂身が嫌いだから、ルーは甘党だから──だけど甘口はもう・・甘すぎる。我儘である──だ。




「……」

「咲良、何してるんすか?」

「……雲雀。いえ、久しぶりに……部屋からの、景色なので……」


 陽が完全に沈み、漆黒の帳が降りた頃。空では四等星達が満天の月光に照らされて弱々しく瞬いている。

 そんな星空の下、彼女は二階にある自らの部屋の窓際で佇んでいた。

 私が背後から声をかけると彼女は振り向く。赤紫色の髪に白磁の様な肌、華奢な身体──少し触れただけで崩れてしまいそうな危うさすら抱かせる彼女は、しかしこの世界の誰よりもずっと強いのだ。

 そんな彼女が浮かべた薄らとした微笑み。ここが家だからであろう見せたその安堵と弛緩の表情に。


──ドキリ。


 心が揺れる音がした。それが"何か"から目を逸らすかのように、私も夜空を見上げて話を振る。


「そっ、そういえばもうすぐ部活動の入部期限じゃないっすか。咲良はどこに入るんすか? やっぱり魔導研究部とか?」

「そう、ですね……」


 全く存在感が無いが、この学園にも部活動という物が存在する。全ての生徒がどれかに所属しなければならず、中でも一番人気は今言った魔導研究部。その名の通り魔法を研究する部活である。

 咲良なら当然そこに入るのだろうと思っていたのだが、どうにも彼女の反応を見る限りはそうでもないらしい。


「一度見学に、行った、ですが……その……」


 彼女は言い淀む。

 そこで私は察した。彼女の魔法は明らかにこの世界の物よりも高度だ。だから学生が研究出来る程度の事では満足できないのだろう。


「でも、良い感じの所は見つかった、です」

「ほうほう」


 彼女の顔が明るくなる。とても嬉しそうで、それ程までに彼女の好奇心をくすぐる何かがあったのだろう。

 一体何なのか、期待を膨らませつつ言葉の続きを待っていたのだが、飛び出て来た名前は予想外の物であった。


「"漫画研究部"という所、なんですが……」

「……ん?」

「見学に行った時、ミラフィアの話も通じた、ですし……楽しそう、です」

「ミラフィア」


 その方向性で来たか~。確かに異世界出身の彼女にとってはこの国の多種多様なサブカルチャーは人一倍魅力的に見えたのかもしれない。

 因みにミラフィアとは日曜朝八時半から放送されている女児向けアニメである。咲良はどうもこれにドはまりしているらしく、今私達のいるこの部屋の棚にもフィギュアやアクリルスタンド、漫画なんかが飾られている。

 ミラフィアは普通はこの歳になれば卒業してしまうコンテンツだ。だからこれまで話が出来る人間が居なかった──語れる年齢の頃は引き篭もっていた──が、漫研にはどうやら居たらしい。


「ミラフィアかあ。私は観たことないんすよね~」

「そう、ですか。明日朝八時半に起きて下さい……本当のミラフィアを観せてあげる、ですよ」

「そ、そうっすか」


 そういえば明日は日曜日だった。


 さて、それはともかく。


「咲良、いつもより明るいっすね」

「そう、です……?」

「ええ」


 心做しか言葉の読点が少ない気がする。それに表情も明るい。


「……やっぱり、自分の部屋は安心する、ですから」

「……そうっすか」


 その時の私はどんな表情をしていたのだろう。ちゃんといつもの様な軽薄な笑顔を浮かべていられていただろうか。絞り出せた声は震えていなかっただろうか。


──羨ましい。


 私は孤児だ。だからあんな実験に使われたし、安心できる自分の部屋、という物なんてこれまで持った事がなかった。

 だから今の咲良が私には眩しい程に羨ましく見えて。倒錯した自己嫌悪に陥りそうになって。

 比奈、快人、御影様、そして咲良。私にはこんなにも友達が居るのに──



「……私は前世、物心つく前に両親が死んだ、です」

「……え?」


 そんな私を見て何かを察したのか、咲良が静かに話し始める。


「だから、実の親との記憶はなかった……それでも"家族"が居なかった訳ではない、です」

「……」

「私はその後、ヴィロリア……時を司る神に拾われました。今でも彼女の事は"家族"だと思っている、です。それ以外にも、沢山の人に助けられてきました」


 彼女は優しく微笑みながら言う。


「家族は、血の繋がった相手だけじゃない、ですよ」

「咲良……」

「そうだ、どうせなら私達も家族に、なれば……!」


 名案を思い付いた、と言わんばかりに人差し指を立てて言われたその言葉。

 ワンテンポ遅れて私の顔は酷く紅潮した。


「──ちょ、ちょっと! な、な、何い、言って」

「? 養子縁組、とか」

「……ああ、なるほど」


 私は色ボケ女です。


 ふと、愉しげな声が聞こえてくる。下のリビングで鳥高様と咲良の両親が話しているのだ。

 特に父親の方とは話が合うらしく、今年は調子が良いとか新人がノーノー?しかけたとか言っていた。ここにいるのは、話の意味が分からなかったのでここに逃げてきた、なんて理由もある。

 鳥高様がビールをガブガブ飲んでる光景は圧倒的に犯罪的であったが、まあ楽しそうだったので良しとする。


「咲良ー、イチゴあるわよー」


 母親の声がした。


「イチゴ……! 雲雀……!」

「はい! 行くっすよ、咲良!」


 私達は顔を見合せ、そう言い合って部屋を出た。

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