青草、満開!はじめての鳥高山!

 てく、てく、てく。


 木漏れ日が心地良い朝、青臭い木々の香りの中陽気な鳥達の歌声が聞こえてくる──そんな山の中を三人は歩く。

 ここは鳥高山。事前の予定(建前)通り私は雲雀、紅葉と共に山中を歩き一路鳥高神社を目指していた。


 神戸市に存在する標高三百メートル程度の小さな山。初詣には地域住民で割と賑わうらしいここには、これまで私は来た事がなかった。そもそも魔法学園に入る前の私は人前で魔法を使ってはいけないという事と前世との乖離によるストレスで人前に出る事が億劫になっていた。

 だから初詣にも行った事がなかった。もし行っていれば契約の時もう少しスムーズにやれたのかもしれないし、或いは私のストレスも多少は……いいや、無いな。私は下品な言動ばかりする彼を思い出す。

 それに私は引き篭もっていた事自体は後悔していない。普段から引き篭もっていたお陰でこの世界の多種多様なサブカルチャーに触れられた訳だし、ミラフィアにも出逢えた。過去の百数十ものタイトルを全て視聴する事も出来たのだ。


……話が脱線した。

 兎も角、私は今初めて契約している神の家に赴く訳である。こんな経験は久しぶりだ。前世で最後に神の住処に赴いたのは、そこに住まう神々を殲滅しに行った時なのだから。


 さて、鳥高山について紹介しよう。今回は徒歩で上った。箒で行けばいいんじゃないかと思ったのだが、鳥高山は神域、歩いて入る事に意味があるらしい。他ならぬ鳥高にそう言われた。

 山の麓にはレトロな住宅街が薄く広がっており、そこから横道に逸れる様にして山中に入る。段々と傾斜のキツイ住宅地の間にある細い道を通り、まずは古い駐車場に辿り着く。因みにここまでは車で来る事が出来る。

 そこから本格的に自然の中へ入っていく。

 古ぼけてひび割れだらけのコンクリート道を通る。道中にあるのは奉遷されて打ち捨てられた廃神社やカップ酒が御供えされた大量の地蔵や石碑。チープだろうが賽銭箱があれば賽銭を入れたくなるのが日本人のサガらしく、二人は小銭を律儀に一々入れていた。

 それを真似して私も一円玉を入れているとふいに話しかけられる。


「あら、こんな日に珍しいわねえ」


 話しかけてきたのはジャージを着た初老の女性。見たところランニングか散歩目的だろう。

 彼女が言いたい事は分かる。特に初詣でも何でもない単なる日曜日にわざわざこんな山に来る十代の少女など珍しいのだ。


「こんにちは」

「こんにちはっす」

「こ、こんにちは……」

「あらあら、こんにちは。偉いわねえ」


 私達は挨拶し、それに彼女も返す。挨拶は大事、らしい。


「所でお嬢ちゃん達はなんでここに? なんかあったかしら」

「実は、私は……」


 異空間に仕舞ってある杖を取り出して見せる。それで察した様で彼女は目を丸くしていた。


「あんら! 魔法師さんだったのかい! こんなに近くで見たのは初めてやわ〜」

「ここの神……様、と契約していて……挨拶?に来た、です」

「ここの神様って、鳥高様かい!? はぁ〜……」


 ジロジロと私の事を観察する。


「そりゃあ、えらい娘に会ったもんやわ。鳥高様の事、よろしく頼むよ」

「は、はい」


 そう言うと彼女は一足先に登っていった。

 あの口ぶりからして彼女も鳥高の事を知っているのだろう。そして私に対して「よろしく頼む」と言ったという事は、周囲の人間にも分かるくらいだらしないのだろうか。

 まあ彼もやる時はやってくれるけれど。でも普段は軽薄な感じで。顔は彼女ヴィロリアと似てるのに性格は全く違っていて嫌になる。


「魔法師ってそんなに珍しいんすか?」

「まあそうだね。今の日本で登録されてるのって二、三万人くらいだった筈だし。それに警察官や普通の軍人と違ってひけらかす物でもないから」


 この世界における『魔法師』は私の世界における『魔法使い』とは全く異なる。魔法の発動手順もそうだし、また年齢制限もある。

 魔法体質となった者が魔法を使えるのは、十三歳の誕生日に魔法体質が発覚し魔法学園に入学、そこから長くとも四十代前半までの三十年前後なのだ。どうもこの世界の人間は魔力回路の損耗が早いらしい。

 理由は分かっている。人の身で神の魔法を使っているからだ。人と神の身体は違う。それぞれに合って作られた魔法を使わなければ摩耗が早いのも当然だ。


 それはともかく、私達は登り続ける。

 道中には砕けた階段や曲がった鉄パイプの手摺など。以前快人との試合で展開した"神域"と全く同じ光景であった。

 所々塗装が剥げ落ちてはいるものの紙は更新されている掲示板、多分誰も使っていないボロボロの休憩所、そして。


「可愛い〜!」


 にゃあ、と高い声。

 耳に切込みが入った野良猫──地域猫がこの山には沢山居る。目を凝らして見てみればあちらこちらに紛れ込んでおり、目を凝らさなくても道の横に堂々と寝転んでいたりする。

 それを雲雀が目を輝かせながら撫でる。あちらも慣れている様で喉を鳴らしながら素直にそれを享受する。


 そんな猫が餌を食べる小さな売店や墓場、山周辺が見渡せる展望所などを通り越し、長い階段を登って私達はようやく神社に辿り着いた。

 鳥居をくぐり中に入る。



「……あら? こんにちは、珍しいお客さんね」


 そこに居たのは巫女服(普通)を身に纏い箒で掃除している女性。彼女は私達を見て先程の女性と同じ様な事を言う。

 きっと神社の関係者なのだろうが鳥高から聞いていないのだろうか。


「あの……鳥高さんから聞いてない、ですか?」


 私が言うと、彼女は目を細めてこちらを観察する。デジャヴである。


「へ? ……あーっ! もしかして貴女が!?」

「はい」

「何よ、結構普通の娘じゃない。聞いてたイメージと全然違うわ」


 一体どんなイメージを伝えていたのだろうか。


「神を殺しかけたり対戦相手を容赦なく圧縮しかけたりダンジョンをぶっ壊したり自分で自分の腕を斬り落としたりするバーサーカーって聞いてたんだけど」

「バーサーカーなんて……心外、でs」

「いや十分狂戦士バーサーカーだよ、君」

「そうっすよ」


 私はただ効率を追い求めているだけだというのに。むしろ今は・・"狂"とは一番無縁だと思うのだが。

 さて、そう自分に問答をしている間に彼女は社の方を向いて言う。


「鳥高様ー! 咲良ちゃん達来ましたよー!」



「ようこそウチの神社いえへ! まあ遠慮せんと寛いでや」


 社殿に上がった私達は至って普通の応接間にて鳥高達と対面していた。


「生身で会うのは初めてやな」

「生身……?」

「普段咲良とおるのは分霊や。ウチはなんといっても神様やからな、思考共有しながら身体分けるくらいチョチョイのちょいやで」


 日本の神の契約では、契約者の身体を分社とする事でそこに分霊を宿らせる、という形式になっているらしい。基本的に神は神社に居なければならないという決まりがあるからだそうだ。

 神の豆知識を聞きつつ、彼の隣に座る二人に目を移す。六、七十代程の男性が一人と、見た目は・・・・二十代程度の女性が一人。


「こっちが宮司の譲二君に巫女の育実はぐみちゃんや」

「岡村譲治です。いつも鳥高様がお世話になっております」

「岡村育実です。同じくお世話になってます」

「ちょいちょーい、それやったらまるでウチが子供みたいやんか」

「「……」」

「え?」


 どうやら彼は手のかかる問題児として認識されている様だ。確かに雰囲気はそんな所がある。

 因みに宮司とは神の補佐をする職業である。かつては神社の最高責任者であったそうだが神が実際に現れてから今の意味に変わったそうだ。


「いや、寧ろ咲良の方が鳥高様にお世話になっていますよ」

「そうっすね。結構鳥高様に助けて貰ってるっすよ」

「せやせや! 今回外出れたんやってウチの口利きのお陰やろ?」

「……心外、です」


 そんな言葉に目の前の二人は目を丸くして驚く。

 二人曰く、基本鳥高はだらしなく金遣いが荒い所があるようだ。

 例えばあの球団・・・・が優勝した時には優勝セールや!とか言って原価無視激安で収入源である御守りやら御札やらを売ったり。あと兎に角現地で野球を観戦したがったり、グッズ買い漁ったり競馬で大金溶かしたり。「基本的に神は神社に居なければならない」とは何だったのか。

 そんな事実を暴露された彼はただただ目を泳がせるのみ。私が勝ち誇っていると「いや君も別ベクトルで同じくらいヤバイからね」と言われた。心外。



 そうして意気消沈している鳥高を放っておき、私達は育実の案内で境内を回る事となった。


「実は私、先代の契約者なのよ」

「そう、ですか」

「ええ。岡村家は代々鳥高神社の宮司を務めていて、その一族の中から初めて出た魔法体質が私だったの。そのよしみで鳥高様と契約する事になったのよね」


 神が契約する際の判断基準は魔力の"色"だが、そういった神職一族の者は大抵その神の"色"になっているのだという。

 彼女曰くこういった例は多いようで、一番有名なのはこの国の『帝』だろう。皇族には天照大神の血が入っているらしく、だからこそ天照とは必ず皇族が契約するのだ。

 天照との契約者が『帝』となり、その他の皇族から実務を補佐する補佐官を選抜、その下を更に十華族が支える──この国の権力構造は大体こんな感じだ。


「だからこれまでもしかしたら貴女にも一族の血が流れてるのかもって思ってたんだけど、違ったみたい。鳥高様は「魔力の独特な色に惹かれた」って言ってたけれど、実際に見たらそれにも頷けるわ」

「分かる、です?」

「ええ、神職の一族は魔導との親和性が少しだけ高いのよ。だから魔法師になれば割と魔力の流れとか見れたりするんだけれど……中々どうして、面白い色してるわ。少なくとも私の現役時代には貴女みたいなのは一回も見た事ない」


 別に隠していた訳ではないが中々優秀な"目"を持っている様だ。


「鳥高様が滅茶苦茶な事を言ってたやつ、これまでは信じてなかったけど……こうして貴女の魔力を見てみたら、あながち嘘でもないんじゃないかって思えてくるわ。そういえば柊が大変な事になってるのも貴女の差し金だったりする?」

「……」

「……え、マジ? え、え、それじゃあ──」


 と、深堀りしようと彼女が続けざまに口を開こうとしたそれを、紅葉が遮った。


「そこまで。これ以上はあまり聞かないでください……咲良ちゃんもそういう時は否定してって言ったでしょ」

「ごめん、です……」

「はぁー……」


 学園から外に出る時、輝夜にした事は探られても誤魔化せと言われていたのだ。

 柊家崩壊の影響は計り知れない。下手に言いふらせば余計な恨みを買うかもしれない──彼女の言い分は分かるのだが、どうも私は嘘をつくのが苦手だった。


 額を押さえて溜息をつく紅葉。育実の興味は今度はそちらに移る。


「そういえば私、茉莉……貴女のお母様と同級生なのよ」

「そうなんですか。《xsmall》って事は大体四十歳くらいか……《/xsmall》」

「何か言った?」

「いいえ何も。で、それがどうかしたのですか?」

「いやあ、やっぱり似てるなーって思って」

「似て……ますか」


 紅葉が不意をつかれた様な顔をする。


「ええ。顔もだし、それに……優しい所とか?」

「優しい?」

「咲良ちゃんの事結構気遣ってる様子だったし。茉莉も第一印象はそうでもなかったけれど、関わっていくうちに、ね。悪は許さないーって感じの正義感の強い人だったわ」


 育実の言葉に彼女は驚いていた。


──紅葉にとって、彼女から聞いたその母の姿は現在のそれとは全く異なる物であった。

 デウス・エクス・マキナ計画に関わり、他にも世に出ていない汚職・癒着も沢山行っている、今の彼女とは。


「まあ最近は会ってないけれど。どう、元気にしてる?」

「……ええ。母は元気ですよ」


 張り付けた様な笑顔で紅葉はそう答えた。



「これ、何です……?」


 先導され、私達は長い階段を上がり稲荷神社、その更に上──鳥高山山頂へと辿り着く。猿田彦大神やその他数多くの祠・社が設置されたその広場の中央部に、"それ"は鎮座していた。

 それは大きな石板だ。南向き、神戸の町を見下ろす方向に面が向いており、無数の人名が刻まれている。


「これは慰霊碑。かつて神戸で起こった大事件の被害者達の魂を鎮める為に建てられたの」

「……『純白の殺人姫ホワイト・マーダー』ですか」

「「ほわいとまーだー?」」


 紅葉の出したその単語に、私と雲雀の声が重なる。


「そっか、君達はまだ習ってなかったね。刺激が強いからって小学生の教科書からは外されたんだ」


 彼女は続ける。


「『純白の殺人姫ホワイト・マーダー』。今から十数年前まで活動していた快楽殺人鬼の名前だよ。その類まれなる技術を用いて日本各地で無差別殺人を繰り返したんだ。ここ、神戸だけに留まらず九州四国北海道、お膝元の帝都でもやったんだよ。最終的な被害者の総数は二千人にも上ったんだ」

「二千人……」

「ひっ……で、でそいつは最後捕まったんすよね?」

「ああ。今から十三年前に奴のアジトが見つかって、結局その場で死んだんだ。だから雲雀ちゃん、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」


 そんな言葉にほっと胸を撫で下ろす雲雀を横目に、私は自分について考えていた。

 二千人、確かに膨大な数だ。でもきっと、いや確実に私はそれ以上殺している。私にはまだ、皆に隠している事がある。

 それを知った時、皆はどんな反応をするのだろうか。今の様に怯えるのか、それとも……



 心の中に渦巻くモヤを握り潰す様に私は一度目を閉じ、開いた。


──────


オマケ『早朝のミラフィア談義』


「まず今年のミラフィア……『キラキラキャッチ☆ミラフィア』というのですが、物語は明るく快活な中学二年生である『森咲ひかり』が不思議な少女『テーレ』に出逢う事で始まる、です。テーレは足の無い幽霊の様な見た目をしていて、最初ひかりもそう思っていたのですが、実はテーレは大地の精霊であり、この世界を救う伝説の戦士『ミラフィア』を探す為に地球の意思によって地上に送り込まれた、です。実はこの時地球は自らに迫る"危機"に気付いていたのです。この危機というのは『インベイダー』という謎の組織。ひかりとテーレが話している所にそのインベイダーの一人が現れて怪物を出現、自分達の脅威となるテーレを排除しようとする、です。でもそれをひかりが庇って、そこで彼女の中に眠るミラフィアの才能が目覚め、テーレの持つ力でその才能を具現化、ひかりは晴れて森のミラフィア『フィアフォレスト』に変身、怪物を撃退した……これが一話、です」


「はい」


「その後、ひかりのクラスメイトで熱血系女子の『火野あすか』が炎のミラフィア『フィアフレイム』に、生徒会長の『深海みさき』が海のミラフィア『フィアオーシャン』に変身したりしていく、です。ちなみに私は主人公が一番好き、ですが。このミラフィアは敵も魅力的で、特に『ディザイア』っていう敵は常に不敵な笑みを浮かべてモノクルを付けた初老の老人なのですが、負けているのに底が見えないといいますか、全く格が落ちている雰囲気がない、です。あと謎のミラフィア枠も居て、ピンク色の衣装を纏って狐の面を被ったミラフィアなのですが、この正体も気になる所、です。私としては何か知っていそうな雰囲気を出してる幼馴染の祖母あたりが臭いと思ってる、です。祖母がミラフィアになった例は過去のシリーズでも何度かある、ですから」


「はい」


「あとはひかりとさっき言った幼馴染の銀月あきらとの関係性の発展も気になる、ですね。二人共好感度は結構高いのにあと一歩が踏み出せないじれったさとか、あとは……」


「(長い……)」

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