十華族が権力者だという事に気付いた咲良さん

 始まりは、一通の手紙だった。

 雲雀の一件が終わり輝夜達が学園を去った数日後の夜、私の部屋に紅葉がやってきた。


「咲良ちゃん、君に手紙が届いたよ」

「手紙……? あ、パパから、です」


 送り主の欄に書いてあったその名前は朝露宏司ひろし、私の父親の名前であった。今の世で手紙かと思うかもしれないが、この学園は外界から完全に隔離されており外から中に何かを伝えようと思えば手紙しかないのだ。


「……進水式?」

「どうしたんすか?」

「いや……会社で戦艦の、進水式をやるから……見に来ないか、らしい、です」

「へー戦艦の」


 私の隣から雲雀が覗き込む・・・・・・


 そう、私の同室は雲雀に変わった。

 あの事件によって学園内における柊家の権力はガタ落ちした。その影響は柊寮にも及び、元々柊家からの圧力による配置であった快人と雲雀はそれぞれ別の寮に移される事となった。

 それで快人は元の竹園寮に戻ったのだが、雲雀は何故か鈴蘭寮ではなくこの睡蓮寮、それも私と同じ部屋になる。理由は分からないけれど私としてはちょっと嬉しい。雲雀の容態の経過観察も出来るし。


──これは咲良の知らない事だが、この配置には輝夜の意思、そして上層部の混乱が関係している。

 輝夜は事件の後朝会までの時間で雲雀を睡蓮寮に移す手続きをしていたのだ。そして本来ならばここまでスムーズに雲雀の転寮が進む訳もないのだが、事件後の大混乱の中でシレっと実行される。

 そこから咲良と同じ部屋になったのは輝夜が紅葉に話を通したからだ。輝夜が学園から去った後、紅葉は自らの制服のポケットに手紙が入れられている事に気付く。その内容は雲雀の事件の顛末であり、彼女にこれから先何かあった時対処できるのは咲良だけだから同室にしてやってくれ、と書かれていた。

 正直楓からも別室にしてくれという声が来ていた頃だったし、こんな事が出来るんだったら中途半端な監視とか無駄だなと思った紅葉は輝夜の頼みを聞き入れ、二人を同室にした、という訳である。


「私一回もそういうの見たことないんすよねー」

「……じゃあ、見に行く、です?」

「行けるならー……行けるんすか?」

「友達も一緒でいい、と書いてある、ですし」


 この時、私は少し興奮していた。

 今生において子供の頃引きこもりになっていた私には友達という物はいなかった。だからこそ、雲雀と一緒にその会社、遠き神戸まで行けるかもしれないのが嬉しかったのだ。


「じゃあお言葉に甘えて……」

「……やったっ」


 私は小さく喜んだ。


「……あのー、盛り上がってる所悪いんだけど」


 と、そこで未だ玄関に立っていた紅葉が声を出す。


「生徒が学園から外に出るの、結構難しいからね?」

「──え」


 そして私は頭が真っ白になる。


「魔法師の卵を下手に外国人と接触させないようにっていう防諜の面とか、あとは安全の問題とか……」

「……難しい、って事は、出ようと思えば出れる、ですよね?」

「まあそうだけど……憲兵部と学生部と寮長の許可が必要だよ? アタシは出してもいいけど、残りは正当な理由が無いと……冠婚葬祭なら兎も角進水式は多分厳しいかな」


 思わぬ敵が現れた。

 正直私の手にかかれば許可とか無くても出られるけれど、それで学園内での立場が危うくなるのはマズイ。私はいいけど雲雀がマズイ。


「正当な理由があればええんやろ?」

「鳥高、さん……」


 と、そこで鳥高がひょいっと現れる。


「"自らの契約神の社へ訪問する"──それで何とかなるやろ」

「……?」

「まあ、確かにそれなら……でも雲雀ちゃんは」

「そこは一人くらい捻じ込めへん?」

「……善処します」


 どういう事だろう、私が困惑している間にあれよあれよと話は進む。

 紅葉が何処かに電話をかけ話し続ける事十数分。


「何とかなったよ」

「「紅葉寮長……!」」


 私と雲雀は尊敬の眼差しを送る……と、その間に居る鳥高が期待の眼差しと共に両指を自らの顔に向ける。


「なあなあ、ウチはウチは?」

「鳥高さん、ありがとう……でも、どうして社の訪問……? 私の実家と近い、です? 何処にあるか、知らない……」

「え」


 私の言葉に彼は固まる。私、何か変な事でも言っただろうか?


「いやいや、鳥高様の神社関西にあるって言ってたじゃないっすか!」

「自分の神様の神社の場所くらい知っておこうよ……」


 雲雀と紅葉が呆れた声を出す。

 関西にある、そんな事言ってたっけ。言ってた様な気もするけど……


「私、興味無い事は、忘れるタイプ、ですので……あ」

「ちょっと咲良ちゃーん!!?」


 私が言うと、彼は無言で消えていった。

 それから数分くらい紅葉は慌てふためき、私をガクガク揺らしたりしていたがやがて諦めたのか死んだ目になり私に言う。


「はぁ、はぁ……うん、もういいや。あと、一つ言っておかなきゃいけない事があるんだけど」

「何、です?」

「当日は私も付いて行くからね。それが今回、君達を外出させる事の条件さ」



──と、いう訳である。


 さて、リニアモーターカーを降りた私達は新神戸駅からタクシーに乗り込む。そして家の場所を指定し発進する。大体ここから三十分くらいだ。

 助手席に紅葉、後部座席に私と雲雀が座る。リニアと違い多少揺れる中、運転手が話しかける。


「お嬢ちゃん達、もしかして魔法学園の生徒さん?」

「あ、やっぱり分かります?」


 紅葉が返す。


「いやあ、そりゃあ別嬪さん揃いだからね」


 運転手がバックミラー越しに私達の頭を見る。

 魔法体質の少女は、体内の魔力に影響を受けて様々な変質を遂げる。その最たる物が『顔立ち』だ。学園の生徒が美人揃いなのはそれの影響である。外で魔法師と思われるのは喜ぶべき事なのだと、紅葉は言っていた。

 また、魔法体質者は老化も遅くなる。まあ大した違いではないが。



 さて、そんなこんなで私達は家の前に到着する。

 それを見た二人の第一声はといえば。


「なんというか、普通の家っすね」

「普通の家だね」

「私を……何だと思ってる、です?」


 一般の住宅街──芦屋ではない──の中の、普通の家。敷地面積四十坪、築四十年二階建て4LDK庭付き。今日は土曜日なので駐車場には車が停まっている。

 何か物凄く不思議な物を見るような目でジロジロと眺める二人を置いておき、私は呼び鈴を鳴らした。


「はー……」

「……ただいま」


 ガチャリ、と扉を開けて出てきたその赤紫色の髪の女性に私は言った。

 彼女は私の顔を見ると一瞬固まり、すぐに我に返り振り返って言う。


「宏司くーん、瑞希みずきー! 咲良が帰ってきたわよー!」

「おお、おかえり咲良」


 彼女の声でまず玄関の奥の横からひょこっと男が出てくる。私の父親、朝露宏司だ。

 そして今呼んでいた彼女が母親の朝露穂乃ほの


「……そちらの人達は?」


 彼女が私の後ろにいた紅葉と雲雀を見て訊く。


「こっちが私の友達の……」

「あっ、秋空雲雀っす! 咲良にはいつも色々とお世話になってて、よ、よろしくお願いします!」

「あら、あら、まあ……」


 穂乃は雲雀と私を交互に見て、口元を両手で押さえる。

 一方の宏司は目元を左手で押さえている。


「まさか、本当に咲良に友達が出来るだなんて……」

「お前が学園で孤立してないか心配だったんだぞ」

「ママ、パパ、やめて……恥ずかしい……」


 顔が熱くなるのを感じる。昔の私なら大して気にしなかっただろうけれど、色々充実している今となってはこれを恥ずかしいと感じる様になってしまった。

 実際二人がこんな反応になるのも理解出来る。先程も言ったが、私は小学生の頃から殆どの時間を家で引きこもって生活していた。前世からの困惑やギャップに──魔法を使えるという事を隠さなければならないストレスに耐えられなかったのだ。

 だから当然友達など出来るはずもなく、私はあの日入学式になるまで孤独だった。雲雀には本当に感謝している。多分彼女から話しかけられなければ今頃私はまだ独りだろうから。


 さて、私が微妙な顔で赤面しプルプルと身体を震わせる中、パパは紅葉に視線を移す。


「そちらの方は?」

「ああ、私は睡蓮紅葉。娘さんの住む寮の寮長を務めており、本日は学園の規則に則り付き添いとしてやってきました」

「すいっ……そ、そうですか」

「すっ……と、取り敢えず上がってください。咲良はちょっと来なさい」

「?」


 睡蓮紅葉、そう名乗った瞬間に二人の表情が凍り付き家の奥にそそくさと戻っていく。

 私は首を傾げ、紅葉の方に向いた。


「何か知ってる、です?」

「ん? え、君知らなかったの?」

「何を……?」

「君のお父さんの会社の名前、『睡蓮重工業』……私の家の会社だよ?」

「へえー……えっ」

「えぇ……?」


 彼女の言葉に、私は二人と同じく硬直する。紅葉も困惑し固まっている。

 動いているのは家に上がっていいのか戸惑う雲雀だけだった。

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