閑章 厄災の魔女の実家訪問

ごくごくありふれた話

 その世界には、大きく分けて二種類の種族が居た。


 頭が一つ、目が二つ、口と鼻が一つ。手足が二つで大きさは個人差はあるものの大きくとも二メートル程度──人間族ヒューマン

 頭も目も手足の数も体躯ですらバラバラ。ゴブリンやオーク、ハーピィにヴァンパイア、そしてドラゴンなど。人間以外の種族──魔族。

 二つの種族は明確に生存領域が異なっており、それぞれ人間界、魔界と呼称される。だが名前は異なっていても、同じ星同じ世界に存在している以上、必ず隣り合う場所というのは存在する。


 それは、そんな地域ではごくごくありふれた話。魔界に程近い場所にある人間の村に魔族の集団が襲撃をかけたのだ。

 一般的に魔族は人間よりも強い。勇者などの戦士ならばともかく、一介の村人が抵抗出来る筈もなく村は呆気なく壊滅した。殆どの村人がその場で殺されるか凌辱され、魔族は村人の頭蓋で酒を飲み交わす……



「はぁ、はぁ、はぁ……」



 森の中を一人の女が走る。彼女の背には無数の矢や魔法による傷跡があり、だが血で跡を辿られない様に傷口は焼かれている。だが、最早通常のヒールでは治癒しようのない程の傷、彼女がまもなく死ぬ事は火を見るよりも明らかであった。

 彼女が走る理由は自分が生き延びる為ではない。


「なん、とか……貴女、だけでも……!」


 彼女は自らの胸元に話しかける。そこには、抱きかかえられた赤子が居た。

 その赤子は彼女の娘だ。だが彼女の父親は先程二人を逃がす為に囮となって剣一本で戦い、死んだ。だがか弱い女の足で逃げ切れる筈もなく、幾度となく攻撃を受け今まさに死のうとしている。


「居たぞー!」


 男の声。彼女を追っていた魔族の声である。

 辺境の村人が逃げきれず無惨に殺される。これもまたありふれた話だ。


「うっ」


 グサリ、またも矢が突き刺さる。更に不幸な事に、その衝撃で目の前にあった崖に落ちてしまう。

 鼻が潰れ、あばらは折れ、腕は曲がる。何とか赤子だけは守り通したが、このままでは直に追手に殺されてしまうだろう。


「……?」


 朦朧とする意識の中、彼女はふと自分の落ちて来た崖に洞穴がある事に気付く。

 彼女は辛うじて動く手を使い何とかその中まで這っていく。洞穴の奥、ギリギリ光が届くか届かないかという位置にそれはあった。

 それは古ぼけた祠であった。いつ、誰が何の目的で作ったのかも分からない。そもそもこんな祠があった事すら村人の誰も知らなかった。まあ滅多に来ない様な場所なので仕方のない事だが。

 そして、一体何の神を祀っているのかも分からない。だが今の彼女にはもうただ縋るしか出来なかった。


「お願い、します、神よ……この子だけでも、お救い下さい……!」

「──おっ、こんな所に居たのか。おーいこっちだー!」

「おお、よく生きてんなこれで」

「ここまでボロボロだともう使えねえじゃねえか」


 だが彼女の願いも虚しく、崖を降りてきた二人の魔族が彼女を見つける。

 下劣な声、その後片方の剣が彼女の頭を貫いた。彼女の意識はそこで途切れ、後に残されたのは。


……おぎゃあ、おぎゃあ。


「ん? んんん?」


 魔族の一人が彼女だった物をどかす。そこには彼女の血に塗れた赤子が泣いていた。

 彼らは舌なめずりをする。人間を食べる一部の魔族にとっては赤子は最も価値のあるご馳走であった。


「俺たちゃあツいてるなあ! 女の血ドレッシング付きだぜぇ!」

「お前舌狂ってんだろ。赤子はそのままの味が一番良いんだよ」

「通ぶりやがった逆張りクソ野郎がよ」


 泣き叫ぶ赤子を前にして彼らは下劣な口喧嘩を始める。だがこの行方がどうなろうと、赤子が食べられるという事実だけは変わらない。


「じゃあ上半身はお前な、下半身は俺が頂く」


 どうやら妥協案は見つかったらしい。

 一人が先程女の頭を貫いた剣を赤子に向ける。


「まあいいだろ。じゃあ早速──」


 だが、その剣が赤子を刺し貫く事はなかった。



「「……」」



 何故なら、二人は突然ピクリとも動かなくなってしまったのだから。

 そう、まるで──時が止まった・・・・・・かの様に。



「……可哀想に」



 洞穴の中に声が響く。

 次に、穴の中に一人の人間が虚空から現れる──否、それは人間ではない。

 ミディアムショートのエメラルドグリーンの美しい髪はまるでそれそのものが光を発しているかの様にキラキラと輝いている。肌は陶磁の様に美しい白で瞳はガーネットの様に紅く光る。

 その顔立ちは中性的で、同じく中性的な声とあわせて性別を判別する事は難しい。あるいは性別という概念が無いのかもしれない。


 彼、あるいは彼女は泣き叫ぶ赤子を拾い上げ、その胸に抱える。

 そして赤子の額に手を添え、呟く。


「……そう、貴女は名前はまだついていないのね」


 赤子の生まれた村では、その名前は一歳の誕生日に村人全員が集まって決める事となっており、そして彼女のその日は一週間後であった。


「なら、貴女の名前は……"フェニシア"。フェニシア・フィレモスフィア、それが貴女の名前……意味は『未来』」


 額に手を当てられ、安心したのか赤子は泣き止み、目を開きその瞳に顔を映す。

 まだ物心など芽生えもしていない様な赤子だ。顔を見て安心したのか赤子は無邪気に笑い出す。その顔が彼、あるいは彼女には途方もなく辛かった。


「……ぅ、ぁ……まー、まー……」

「……っ」


 自分がもう少し早く来ていれば、この子は本当の母親のもとで本当の名前を貰いこれからの人生を生きる事が出来たのだから。

 彼、あるいは彼女は無理した優しい微笑みを浮かべ、無邪気な質問に答える。


「私は貴女の母親じゃない。私は貴女の母親を名乗る事は出来ない……」


 そして、言った。


「私は一応、時を司る神……名前は──」



──────

───



「──お、起きた。おーい、大丈夫かー?」


 瞼を開ける。飛び込んできたのは光と、中性的な顔をした──


「……鳥高さん、ですか」

「おーう鳥高やでー……何で今ちょっと残念そうな声色やったん?」


 そんな彼を捨て置き、私は今の状況を確認する。

 今、私は頭置きまであるえんじ色の上質な座席に座っている。室内は白色の壁、細長い空間、無数の窓と私と同じ無数の席に座る人々。私の隣にはすうすうと寝息を立てて眠る雲雀の姿があり、その更に向こうにある窓からは高速で後ろに流れていく街と山がある。


「ついさっき新大阪を出た所だよ。凄い丁度いい時間に起きたね、優秀な体内時計だ」


 私の前から凛とした声がする。そこに居たのは、私とは向かい合わせで座る済んだ青髪のボーイッシュな少女──私の寮の寮長、睡蓮紅葉。


 そう、彼女の言葉から大体予想が付くだろうが……今、私達は電車に乗っている。

 揺れは全くなく、学園のある東京から私達の今向かっている目的地まで大体一時間くらいで移動してしまう──リニアモーターカーという乗り物、そのグランクラス?のボックス席に座っている。席は寮長が用意してくれた。

 私としてはテレポートで行くつもりだったのだが紅葉にやめてくれ、と言われたのだ。


「所で、鳥高さんは、何故……?」

「ああウチ? いやアンタが随分と珍しい事しとったから、その観察や」

「珍しい、事?」

「咲良ちゃん、寝てる間にちょっと泣いてたんだよ」


 紅葉が言う。

 ああ、そうか。私泣いてたんだ。ちょっと恥ずかしいな。


「で、何で泣いてたん? 一点買いが出遅れた夢でも見たんか?」

「何の事、です……少し昔の、夢を見ただけ、です」


 そうだ。少し昔の夢。前世の私の、最古の記憶。

 そんな風に思考を飛ばしていると、紅葉が苦笑して鳥高へ言う。


「咲良ちゃんがギャンブルなんてする訳ないでしょう……」

「物の例えや。それに咲良やっていざやってみたらハマるかもしれんで」

「……咲良ちゃん、ギャンブルは絶対ダメだよ」

「しない、です……あとその顔で、ギャンブルの話とかしないで、ください……二度と」

「な、なんかちょっと顔怖いで」


 そんな他愛もない話をしていたら、スピーカーから電子音声が流れてくる。


『新神戸、新神戸です。お降りの際はお忘れ物等無い様にご注意ください』

「お、着いたね」

「雲雀……着いた、ですよ」

「……んん……あと五、いや十……二十分……」

「博多まで、行っちゃう、ですよ……」


 そうして列車は止まり、私達は降りる。

 かつて存在したらしい『新幹線』の駅を拡張する様な形で作られたそこは、しかし山の麓という微妙な立地も相まってあまり広くは出来ず、結局四線の手狭の空間となってしまったらしい。

 兎も角、ここが第一の目的地、新神戸駅。テレポート禁止令が出ている以上、ここからは地下鉄かバスに乗る事になる……


「いやタクシー乗ろうよ」

「……確か、に」


 紅葉の言葉に、私は不意を突かれた気持ちになった。特に裕福ではない家庭出身では思いつかない方法であった。流石は十華族、金は持っているという訳だ。


 天気は快晴、今日も新神戸周辺は活気も少なく寂れている。



 止まっているタクシーに走る紅葉、未だ眠そうな雲雀、そして私(+鳥高)の三人(+一柱ひとはしら)。

 私の帰省旅行の初日の光景である。

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