厄災の魔女なら君のすぐ隣にいるよ

「さて……"無限の銀湾、冥王の光輪"──」


 マキナの消滅を確認した咲良は再び詠唱を始める。それに快人は驚いた、何しろそれは先程雲雀とマキナを分離させた魔法と同じ物だったからだ。

 だがそのスピードは先程よりも早く、一分程で最後の詠唱が終わる。


 ズキリ、咲良の身体に痛みが走る。


「……ほっ、と」


 咲良の胸部から光の玉が飛び出、それを何やらこねくりまわし始める。


「し、師匠。それ何してるんですか?」

「これは……私の魂の一部、です」

「えっ」

「これの形を、整えて……雲雀に融合させる、です。そうすれば、魔力回路がまた、生える……」

「えっ」


 彼は自らの耳を疑った。

 魂ってもうちょっと慎重に扱わなきゃいけないんじゃないの? なんでこの人はそれを当然の様に切り分けようとしてるんだ?

 そんな彼の様子を鳥高と御影は生暖かい目で見つめていた。二人にも彼の反応はよく理解出来たからだ。



──私の魂の一部を、切り分けて……植え付ける、です。



 雲雀の中で彼女が言った言葉。

 そもそもまず前提として魂を捏ね繰り回せる能力がある事、魂の分離には激しい苦痛を伴う事、魂が損壊すると必ず悪影響がある事、融合先の人間へどの様な影響があるか分からない事……立ちはだかる問題は山ほどある。

 でも彼女はなんかあっさりと魂引き千切るし、痛みも雲雀の時は痛覚遮断付けてたくせに自分は気合いで耐えてピンピンしてる。なんだコイツ。


「そっ、それ大丈夫なんですか」

「ええ……雲雀の魂の情報はもう、手に入れている、ですから……完全に適合する、です」

「それはよかった……じゃなくて! 師匠が、ですよ!」

「私……?」


 彼が一度胸を撫で下ろし、直後迫真の表情で咲良に迫る。

 ノリツッコミの素養あるな、鳥高は思った。


「切り分けた魂は、ほんの一部……この程度ならば、魔法で治癒可能、です」

「そうなんですか……」


 ほっ、とまた胸を撫で下ろす彼。

 その裏で、鳥高と御影、ついでに輝夜は表情を硬直させていた。今サラッと言ったけれど、魂を治癒可能って何? だってそれが出来るって事はつまりあの人類の夢を叶える事が可能だという事に他ならないのだが。


 人類の夢──永久の命。

 その研究は魔法が発見される以前から続けられ、魔法が発見されてから格段に進歩した。魔法の協力により"精神の移行"が可能となった為である。古くなった身体を捨て、クローン技術で作った新たな身体に移し替える──そんな実験が成功したのがもう十年程前になる。

 未だ信頼性には欠ける為一般化はしていないが、とある老いた有力者が金を積み肉体を移動したらしい。


 だが、それでも結局不老不死は実現出来なかった。

 人間が老化しているのは身体だけではなく、魂もである、という事が判明したのだ。いくら身体が若くとも魂が老いていれば結局死んでしまうのだと。

 実例もあり、先述した有力者は二十歳程の身体に乗り換えたものの驚異的なスピードで老化した──彼は最初の移植から六年で死んだ。六年間で彼の若かった肉体は百歳程にまで老化していたらしい。そしてそれは、彼がもし移植していなかった場合の年齢と全く同じであったという。


 そう、肉体を幾ら若くしようとも魂を何とかしなければ老化は止められず──逆に言えば、何とか出来れば不老不死が可能となる。

 そしてたった今彼女が発した言葉は、つまりそういう事を示していた。


 咲良が取り出した魂が雲雀の中に入る。直後、彼女の身体の中で魔力が増幅し始める。

 先程までの雲雀からは感じられなかった。魔力回路の核となっていたデウス・エクス・マキナが消えたからだ。そして今の彼女の中には魔力回路が存在する。咲良の物だった・・・魂が彼女に定着し、魔力回路を復活させたのである──この世界の物とは少し違うが。


 鳥高と御影は考えるのをやめた。まあたまには人間にもそういうバグが出てくるものだろう、と。

 輝夜はその場に崩れ落ちた。膝をつき、地面を見つめていた。


「……私は、世界を救いたかった」


 瞳の中の瞳孔を不安定に揺らし、ポロポロと言葉を零し始める。


「凍結させていた計画を霞未あの男が再開させて……それで生まれた少女を使い潰す。良くない事だって分かってた」


 霞未が計画を再開させたのは彼女が生まれる前、雲雀が作られたのは彼女が生まれた直後である。

 彼女とて実験の内容を初めて聞いた時は顔を顰めたものだ。端から死ぬ事が決められた命、しかし魂の問題であるから彼女にはどうする事も出来ず、彼女が出来た事といえば精々経過観察の名目で学校に通わせてやる事くらい。

 そして中学を卒業した後は苦しむ前に殺す──


──藤堂快人という男が、魔法体質と診断された。


──予言者が、いずれこの世界を厄災が襲うと告げた。そしてそれから世界を救えるのは「異常の者」──世界初の男性魔法体質者イレギュラー。それを強くせよ、それだけが生き残る方法だ。

 そんな予言を、列強国全てのお抱え予言者が告げたのである。示し合わせたかの様に、一斉に。そしてそれは、彼の十三歳の誕生日、即ち彼が魔法体質を発現させたのと全く同時であったのだ。


 急遽予定が変更され、雲雀は魔法学園に入学する。

 全ては藤堂快人を強化し、ひいては世界を救う為。具体的に何をすればいいのか分からない、彼の子供は異常の者に入るのか、彼のどんな能力が世界を救う鍵となるのか。

 試行錯誤。その為なら輝夜はどんな事でも出来た。


「分かってた……って、アンタ、雲雀がどれだけ苦しんだか分かってるの!? 世界を救いたかった、とか訳わかんない事言って被害者ぶってるんじゃないわよ!」


 比奈が言う。それに対し、輝夜はわなわなと身を震わせながら反論する。


「貴女には分からない! 全ての国の予言者が一斉に言うなんてこれまで無かった、それ程までにこの事態は世界にとって重大であるという事なの! レフィナ・クロスフォードが入学したのだってそれ関係、そうじゃなければ他国の人間を魔法学園に入れるなんてしない!」


 その気迫に気圧された比奈から、輝夜は視線を咲良に移す。


「予言に無かった以上、貴女が幾ら強くともこの世界に来る厄災──"厄災の魔女"には絶対に勝てないのよ!」

『えっ』


 彼女のその言葉に真っ先に反応したのは、快人の中で静かに話を聞いていたレフストメリスであった。


「ん? どうしたメリィ」

『え、厄災の魔女って……居るじゃろ』

「厄災の魔女が居る? 何言ってんだお前」

「どうしたのよ快人」

「どうしたんです?」


 彼の言葉に比奈と芽有が反応する。


『いやだから居るじゃろ、そこに』

「そこに、って……」


 彼の視線の先に居るのは、目をパチパチとさせて立つ咲良。


「……ははは、何言ってんだよ!」

『じゃあ聞いてみろ! 月を壊した事はあるか、と!』

「いいぞ? 師匠、月とか壊した事あります?」


 当然無いだろう、彼は高を括って尋ねてみる。


「月……?」

「ほら、意味分からんみたいな顔し「……あっ」て……る?」


 あっ。

 その言葉を口にしたのは当然の事ながら咲良であり、彼女はそれを口にした直後気まずそうに目を逸らす。やらかした、そんな感情が伝わってきた。

 異世界から来た、その情報をこの中で唯一本人から聞いていた鳥高は「あちゃー……」と小さく漏らしながら顔を手で押さえているが、その意味を知る者はまだいない。すぐに全員になるが。


「し、師匠……?」

「……何の、事だか」

『いやどう考えても今の怪しすぎじゃろ!! 明らかに心当たりがある声だったじゃろがい!!』


 メリィが張り裂けんばかりに声を上げる。無論その声は外には届いていないが、皆の視線は既に懐疑的な物へと変わり彼女へと集中している。


「……そうです。月、壊したかも、です」

「え……で、でも月は今もあるじゃない! 咲良が壊したのならニュースになってる筈でしょ?」


 比奈の問いに、咲良はきょろきょろと周辺を見渡し、自分達以外に何もいないかを確認する。そしてはあ、とため息をつく。


 比奈の言葉に、その通りだと快人は納得しかけ──そこで思い出す。以前師匠に特訓を付けてもらっていた時に抱いた、確信にも似た『疑惑』。


 もしかすれば、師匠はメリィと同じ──



「私は、異世界出身、です。多分快人の……レフストメリスと、同じ」

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