緊急お手当て!パワフルヒーリング!
「……」
私はただ、その様子を見守る事しか出来なかった。
咲良が現れて、快人のショックカノン──ライグレーディじゃないのかよ──を消し去ったかと思えば輝夜の魔法を明らかおかしな規模で使い、雲雀の中に入っていった。
もう原作も何もあったものではない。咲良がこの場に居る以上、雲雀を助けるにしても殺すにしても彼女がやる事になるだろう。快人の出番はもう無い。
『──! ──!』
終わった。これで快人は強化されず、数年後にやってくる"厄災の魔女"に勝てる者は居なくなった。
原作での描写はそれはそれは凄まじい物だった。当然の様に星を壊す様な魔法を撃ってくるし、精神攻撃も通じないし、核が直撃しても無事だし……最終的に勝てたのは快人が物語を通して様々な物を習得していたからだ。
語ると長くなるので割愛するが、兎も角ただ強いだけの魔法師では駄目なのだ。"厄災の魔女"は所謂ギミック系ボス──異世界と繋がりを持つ快人でなければギミックを解き魔女に勝つ事は出来ないのである。
どうしよう。国外逃亡……は無理だし、例えやったとしても意味は無い。私が倒せるくらい強くなる……のも無理。それなら咲良でもいいのだし。
『──芽有!! 前!!』
「──織主さん危ない!!」
などと考えていたら、ふいに脳と耳に同時にかけられた声で我に返る。
何か、と前を見る。
(……え、嘘)
目の前に来ていたロボット、その剣が私の眼前まで迫っていた。
未来予知は無かった……もしかしたら、何かの拍子に能力自体が消えていたのかもしれない──そんな有り得ない想定をしてしまう程には今の私は参ってしまっていたのだ。
「──ッ!?」
だが、その刃が私を刺し貫く事はなかった。
隣から飛び込んできた爪が機械の身体を砕いたからだ。黒い身体に黄色い縦縞模様、先程咲良が召喚していた使い魔である。
「あ、ありがとう」
私の言葉が通じているのかいないのかは分からない。虎はこちらを一瞥し、すぐさま他のロボットを襲いにいった。
「凄い……」
ちょこんと体育座りをする快人がうわ言の様に呟く。私も同じ感想だ。
使い魔達の活躍はそれはそれは素晴らしいものだった。
「これ、私達要らないわね」
快人の隣でこれまたちょこんと座る比奈が死んだ目で言った。私もそう思う。
ちら、と輝夜を見る。彼女はその場に膝をつきブツブツと何かを呟いている。だめだこりゃ。
私は何もかも諦め、彼らと同じくその場に座った。
「お待たせ、しました」
数分後、咲良が戻ってくる。彼女の両脇には中性的な
「え、早くない?」
比奈が言う。
「見るだけで、十分、ですので……今からが本番、です」
「見るだけでいいって……」
「あ、あれだけの魔法を使って、こんなあっさりと……?」
そんな二人の会話の裏で、輝夜のかすれた声が聞こえてくる。まああんな大規模神域を使って侵入して数分で戻ってこられたら愚痴の一つも言いたくなるだろう。特に自分の魔法なのだから尚更だ。
「師匠、その二人は?」
「二人は」
「そういや初めましてやな、ウチがこの子の契約神、鳥高や。よろしくな!」
「私は雲雀の契約妖魔、鴉天狗の
咲良の声を遮る様に二人が言う。
鳥高神の方は原作に居ないので兎も角、御影のビジュアルを見れたのは地味に嬉しい。(現実逃避)何しろ彼女は漫画でもアニメでも声だけの出演で、雲雀が死んでからは一切の出番が無かったのだ。
読者の間では雲雀が死んだ時に一緒に死んだのではないか、とまことしやかに囁かれていた訳だが、どうやら咲良はそんな彼女ですらも助けてしまうようだ。
「さて……雲雀。今やる、ですよ」
彼女が杖を上に高く掲げる。直後彼女の足元に巨大な魔法陣が現れ、可視化する程濃密な紫色の魔力が彼女の身体を包み込む。
と、そこで彼女が快人へ振り向き、言う。
「以前、役立たずなんて、言ってしまいましたが……」
「?」
彼女が彼にある頼みをする。彼は困惑しながらも承諾した。
さて、異常な量の魔力、戦慄する私達を置き去りに彼女は
「"無限の銀湾、冥王の光輪"」
「師匠が詠唱を……?」
快人が驚くのも無理はない。私がこれまでこの世界で魔法を使う時は彼に教える時以外は詠唱などしなかったからだ。
だがこれから使う魔法は前世において一度しか使った事のない魔法、それも他人に対して使うのはこれが初めて。詠唱無しで発動させる自信はない。
「"遥か遠き星霧より来る箒星、今は儚き辰星の残穢"……」
これは私が作った魔法。ショックカノンの様にただ魔力を捏ねて撃ち出すだけの単純な魔法ではなく、魂の操作という、本来人間が入ってはならない領域の魔法。
私は詠唱を続ける。この魔法の詠唱は長く、また絶対に失敗しない為にも慎重にやる必要がある。その間ただ座して見ているデウス・エクス・マキナではなく、色々と手を出してきてはいるもののその悉くが使い魔達によって妨げられる。
「"永久の銀蒼海、遠き旅路の朱き華"……」
私がこの魔法を作ったのは、かつて
「"碧き清浄の地を求め天環を潜る"……」
この今という時間を、私は絶対に失いたくない。失わせない。
守って、守って、守って。何としても守り抜いてやる。
今の私には、昔には無かった力がある。
「"我が名は……"」
最後に必要な"署名"。私が作った魔法で、魂という不安定な物を扱う為に詠唱を行う中で自身の名を呼び、自らの"固定"を行わなければならない。
昔使った時は『フェニシア・フィレモスフィア』、今は──
「……"『朝露咲良』"」
そこで立ち上がっていた快人が、蛹に向かって言い放つ。
「"イズラリール"!!」
それはかつて私が「役立たず」と形容した痛覚遮断魔法。だが今の雲雀にとっては何よりも重要だ。
それの発動を確認した私は、魔法発動に必要な最後のピースをはめる。
「──"
次の瞬間、悲鳴にも似たけたたましい金属音が鳴り響き。
「……これ、は」
輝夜が呟く。彼女の顔は濃い絶望の色で塗り固められていた。まあ無理もない。
そこにあるのは二つ。
一つは倒れる裸の雲雀。彼女は今安らかに眠っており、すうすうと寝息を立てている。痛みも無かったようで何よりだ。
魂の分離を行う際には、人間が普通に生きていては絶対に味わえない想像を絶する"痛み"が伴う。昔自分にかけた時は気合で我慢したけれど、雲雀相手なら我慢させる訳にもいかない。
意外と
──それは、華奢な少女の輪郭を
歯車とネジ、錆び付いた鉄板と配管で構成されたその身体の背には、蛹についていた物と同じ様な羽根が二対四枚付いている。
輪郭だけ見れば蝶の羽根が生えた美しい少女の姿を想像するだろうが、実際には髪の様に見える物はうねうねと動く導線であり、顔には目や口といったパーツは存在しない無貌の怪物。
デウス・エクス・マキナ──人に作られし神の本体が今、私達の目の前に立っていた。
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