いま行きます!お手当てを魂に充てて

「──よっと」

『ようアンタ初見の魔法とか使えるなあ……しかもツクヨミて、アマちゃんの弟やで』

「魔力……解析すれば、余裕、です」


 輝夜の魔法は入学式とさっきの二度受けている。それだけ受ければ十分だ。

 というか、アマちゃんって誰なのだろう。


 そんな事はさておき、私は辺りを見回す。

 明るくも暗い、何も無い白い場所。それが──輝夜の魔法によって整備された形ではあるが──雲雀の心の中。このまま彼女の魂のある場所まで行こう。

 私は歩き出し──雲雀を見つける前に、ある者を発見する。


「……あら、咲良ちゃん。初めまして」


 雲雀の魔装の露出度を抑えた様な天狗装束、それをボロボロにして鎖に巻かれ繋がれた黒髪の女性。彼女の耳は尖り、背からはこれまたボロボロの黒い翼が生えている。

 彼女はこちらに気付くやいなや挨拶する。見るからに衰弱しており、その声には全く覇気がこもっていない。


「雲雀の、契約妖魔、です?」

「ええ、私は東雲御影、見ての通り鴉天狗よ……ごめんなさいね、こんな姿で」

「いえ……"カット"、"ヒール"」


 私が魔法で彼女を縛る鎖を斬る。どさり、崩れ落ちる彼女を淡い光が包み込む。


「よう、御影ちゃん。なんや大変な事になっとうなあ」


 そんな彼女の前に鳥高が出てきて話しかける。


「鳥高……そういえば咲良ちゃんの契約神って貴方だったわね。忘れてたわ」

「失礼な奴やな、まあ気持ちは分かるけど」


 どうやら二人は知り合いらしい。

 色々と積もる話もあるだろうが、今は雲雀が最優先だ。


「私は、雲雀を助けに来た、です」

「できるの?」

「出来ます……万全を期す、為に、彼女の状態を確認したい、ですが」


 魂に対する操作の難易度、重要性は身体に対するそれの比ではない。身体は雑に壊れても簡単に治せるが魂はそうではない、計算し慎重に行わなければ成功したとしてどんな後遺症が残るか分からない。人格が変わる可能性すらある。


「……そう。分かった、貴女を信じるわ」


 そう言って彼女は歩き出す。雲雀の場所は彼女も分かっているらしい。


「貴女がやろうとしてる事は分かってる。雲雀の魂から神を分離させる……でも、その意味は分かってるの?」

「意味、とは?」


 歩いている途中、彼女は私に尋ねる。


「デウス・エクス・マキナは人間が生み出した偽りの神。でもその性質は本物と殆ど遜色がない」

「ああ、なるほど……」


 つまり彼女が心配しているのは。


「"神殺し"ですか?」

「──ええ、そうよ。貴女にそれが出来るの?」


 "神殺し"──それは、前世においては人間が行う行動の中で最上級の"禁忌"とされてきた。歴史上神を殺した人間は少なからず存在したが、その全てが悲惨な最期を辿っている……

 だが、彼女が心配しているのはそういう精神的な事ではないだろう。


「神には、二種類の"死"がある」

「……そう、そこまで知ってるのね」


 神、という存在は人間や魔族などの"生物"とは根本的に異なる。

 まず、神には通常の攻撃は全く効かない。魔法、物理共に、だ。私が好んで使うショックカノンですらも通用しない。実際に試したから分かる。

 では先程言った神殺しはどうやって行われたか。


 神器、という物がある。神が作り出した道具を全般的にそう呼び、そしてそれらを使った攻撃であれば神にも通用するのである。私の世界にも幾つか存在しており、その多くは教会などで聖遺物として祀られている。

 昔少し調べた限りこの世界にも存在しているようだ。まあ、私の世界の神器と同じ物かは分からないが。


 さて、ここで思い出して欲しいのが「神には二種類の死がある」という言葉。


 これは前世においても殆ど知られていなかった事実だが──実は、神器を用いての神殺しは完全ではない・・・・・・・・・・・・・・・・・

 例えば神器の剣で神の心臓を貫いたとしよう。確かにその場では神は死ぬのだが、ある程度時間が経てば復活してしまうのだ。多少の弱体化などはくらうがそれも時間が解決する。神器による死は本当の意味での死ではないのである。

 なのでそれを知っている者などは殺すのではなく封印を選んだりもしたが、結局それも問題の先送りでしかない。でも仕方がなかったのだ、何しろ神を本当の意味で死に至らしめる方法は誰も見つける事が出来なかったのだから──



「──私は、神を真に殺せる、です」



──私以外は。



「そう、なのね」


 彼女は若干引いた様な表情を浮かべ、ちらりと視線を私の隣に向ける。

 そこに居るのは顔を真っ青にした鳥高だ。


「ほ、ほんまに言うとる?」

「ええ……こういう冗談は、言いません」


 ぶるり、と彼が身体を震わせる。

……もしかして、彼は何か勘違いをしていないだろうか。


「……別に……貴方を殺そうとか、思ってない、ですよ。私を無差別殺人鬼だとか思ってる、です?」

「せやけども、アンタやって目の前にチャカ構えた人おったら怖いやろ?」

「いえ……」

「そうやった、この子そんな程度で怖がるタマやなかったわ」


 彼がはあ、とため息をつく。


「ならいいわ。じゃあもう一つ。神と彼女を分離すれば……彼女のその後の事とか、どうするか決めてるの?」

「どうする、か?」

「だってそうでしょう? あの子の魔力回路は」

「ああ、その事、ですか」


 雲雀の魔力回路は彼女が胎内にいる時に神と融合された事によって作りだされた物。よって神と分離してしまえばそれは無くなってしまい──魔力が無くなった彼女は、この学園にはいられなくなる。

 そして彼女は孤児、両親はおらず学園を出れば帰る場所は無い。


「安心する、です。彼女から魔力は……無くなりません」

「? どうするのよ」

「それは──」


 私は御影に、その方法を伝える。


 瞬間、御影と鳥高は高らかに笑った。


「あはははは! そんな方法を思いつくなんて、貴女やっぱり壊れてるわよ」

「ひゃーっ、はっはっはっ! 憂鬱とか吹っ飛んだわ! 普通思いついてもやらんでそんな事」

「そう、ですか? 他にも方法はある、ですが、これが一番、手っ取り早く安全、ですので」


 私は常に最も効率の良い方法を提案しているつもりだ。それをこんなに笑われるのは心外である。



──フェニシア、やっぱり貴女は他の人間とは違う。



 昔、言われた言葉を思い出した。

 あの時から私は変わったのだろうか。誰か前世の私を知る者が居ればよかったが……そんなのはもう、一人も残っていない。


「……あの子、貴女の話をする時はいつも嬉しそうにしてたのよ」


 御影が言う。


「今日は咲良とあんな事をした、今日は、今日は……って。貴女がある意味心の支えで、同時に罪悪感も抱いていたけれど。咲良を拒んでしまった、ってね」

「……」


 そんな事を気にしていたのか。自らの魂についての事は本人が決める事、寧ろ勝手に覗こうとした私の方が悪いのに。

 今回の事だって、本来は彼女の許可なく魂の中に入り込んでいるのだからやってはいけない事なのだ。だから……今回は私のわがまま。私が助けたいから彼女を助ける。彼女が怒ったり幻滅するならそれも甘んじて受け入れるつもりだ。

 そう言うと、御影と鳥高は呆れた様な顔をする。


「……貴女、人の心は分からないのね」

「人の心とか無いんか?」

「心外、ですね……」


 私は何か間違った事を言っただろうか?

 だって私は彼女に拒まれた。やらないでくれ、と言われた事を今こうしてやっているのだ。怒られるのも当然だと思うのだが。

 それを言うと、二人はまたため息をつき、まあさっさと終わらせようと言って歩みを速くする……解せない。


 それはともかく、私達は雲雀の元に辿り着く。

 身体の三分の二を歯車とゼンマイに覆われた裸の彼女、それは生身の部分を無数の杭に貫かれ空中に繋ぎ止められている。

 私はそれを一目見て。


「分かり、ました……帰ります」

「「え?」」


 二人が驚愕する。


「も、もう少し何かしたりとか」

「いえ……方法は決めた、です。もうここで、出来る事はない、です」


 彼女の魂を分離させ、神を殺すには外で行う必要がある。ここでは出来ない。

 何か言いたげな二人を他所に、私はテレポートの魔法を発動させた──勿論二人も共にだが。


 向かう先は外──さあ、雲雀の治療の時間だ。

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