あのコの魔法をキャッチ♡フレフレ!かぐかぐ!

 雲雀と快人の間にテレポートし、今まさに彼女に直撃しようとしていたショックカノンを消滅させる。彼の魔力波長はもう覚えているし、権限を奪い取って消すくらいは造作もない。

 それにしても、ようやく成功させる事が出来たのか。若干別の魔力も混じっている気がするが、まあ成功させた事には変わりない。私も師匠として鼻が高い。


「あとは、私がやります……!」


 目の前の金属の塊を睨み付けながら、そう言った。


「師匠……!」

「咲良!」


 快人と比奈の声。あと芽有も色々と頑張ってくれてたみたい、感謝だ。一先ず三人にヒールをかけておく。

 さて、雲雀がこんな事になっているのは胎児の頃に無理矢理人工の神と融合させられたから。彼女を助けるには、彼女の魂と神を分離させるほかない。ただそれはそれで問題があり、彼女の魔力回路は神由来の物である為に完全に分離させてしまっては彼女から魔力が失われてしまうという点だ。

 つまり、魂から神を分離させつつも同時に魔力回路を何らかの方法で残す方法をとる必要がある──無論、妥協するつもりはない。


「"プロテクション"」


 取り敢えず雲雀を防壁で隔離。何やら撃ったりしているがこの程度では私の防壁は破れない。

 まずは雲雀の内面に入り込み、魂の状況を確認しなければならない。一歩間違えれば簡単に死んでしまう行為、慎重に行う必要がある。

 だが、私は記憶を読む魔法は使えるが人の心の中に入り込む魔法は使えない。雲雀が人のままだったらまだ分かりやすかったが、今は色々な物がごちゃごちゃしていて外からは分からないのだ。でも大丈夫、それをやれる人が今私へ近付いている──


「──会長、おはよう、です」

「……ええ、おはようございます、朝露さん」


 私の元に降り立った彼女は表面上は無感情に振る舞っていたが、その顔からは困惑と焦りが読み取れた。まあ彼女からしてみれば私がここに居る事はとんでもない異常事態なのだろうし仕方もないか。

 でもあんな程度で拘束出来ると思われていたなんて心外だ。


「丁度良かったです。貴女から魔力を快人クンに送り、もう一度魔法を使わせてあげてくれませんか?」

「もう……魔力は満タン、ですよ」


 先程のヒールの時に魔力も送っており、彼はいつでも魔法を使う事が出来る。


「それはよかった。では貴女は快人クンのサポートに」

「その必要は、ない……後は私がやる、そう言った、ですから」

「……貴女がこれを殺してくれるという事ですか?」

「いえ。雲雀は私が、助けます」


 その瞬間、私に向かって魔法がかけられる。心身分離、幻影投影、悪夢トラウマ想起、精神掌握、その四種類。無論そんな物にかかる私ではない。

 自らの魔法を抵抗レジストされた彼女は目を大きく見開き後ずさる。ああ待って、貴女にはまだ役割があるのだから。


「会長の魔法、借りますよ」

「……え?」


 私はそう言うと、光の鎖を射出して彼女の胸元に突き刺す。

 快人や比奈、芽有が悲鳴を上げるが安心してほしい。


「──ッ、これ、は……?」


 輝夜も何かを堪える様に目を閉じていたが、すぐに痛みも何も無い事に気付き開ける。

 この鎖は別に実体がある訳ではなく身体が傷付く事はないのだから。ただ少々、こそばゆいだけだ。




「……ひんっ!? な、何ですかこれ!?」

「少し我慢する、です……身体に害は、無い」


 身体の中を触手か何かでまさぐられる様な感覚が襲い、私は思わず悶えてしまう。これを行った張本人──咲良はそんな事を言っているが、正直信じられなかった。


 その日の早朝、私は快人と雲雀が戦うのを監視していた。途中比奈と芽有が乱入してきたのには驚いたが、比奈の攻撃は効かず芽有はザコを倒すのに集中してくれたので特に手を出す必要もなく。

 そして最後、彼が攻撃を放ち、これで終わったと確信した。彼の放ったそれはあの咲良が使っていた物とまるっきり同じであったが……まあ、強くなっているのならば問題はない。兎に角これで倒し、この件は終わり──そう思った瞬間、彼の攻撃は消失した。北海道まで連行された筈の咲良が、何故かそこに居た。

 私はすぐさま彼女の元へ行き、まず話を試みる。まだ計画は修正出来る。快人が雲雀を倒せばそれでいいのだ。

 だが、彼女は「雲雀を助ける」と言った。私は半ばヤケクソ気味に魔法を使ったが、彼女は何のアクションも起こさずにそれらを抵抗レジスト、謎の鎖を打ち込み今に至る。


「つっ、クヨミ様! 今っ、何が!」


 私は契約した神の名を呼ぶ。だが、返事は無い。


「……掴んだ」


 彼女がそう呟いたのと、私が再度神の名を呼ぶのはほぼ同時。

 そして次の瞬間、彼女は信じられない事をする。



「──"神域『紫霄嫦娥ししょうじょうが』"」



──は?


「わっ、えっ、夜になったあっ!?」


 快人が言う通り、彼女の言葉の直後に先程まで黄昏色に染まっていた空は濃紫色の夜空へと、暗澹と濁っていた太陽は淡い紫色の満月へと変わっていた。

 これは月読命との契約者が使う"神域"魔法。周辺を夜にし、自らの魔法の効果を最大とする──


──有り得ない。何故、どうやって。それは私しか使えない、私ですら膨大な時間と労力をかけてようやく発動に漕ぎ着けた、最上級魔法なのに。


『……しかも彼女のこれは"完全顕現"ですね』


 脳内に青年の声が聞こえる──契約神、月読命様の物だ。


「完全、顕現……? それは、一体」

『そのままですよ。彼女はこの場にを持ってきている』

「は、はい?」


 神域とは、あくまでもその空間を擬似的に作り出す物。世界そのものを騙し、空に夜と月を投影する。勿論人の身である為範囲は限られており、私の場合は精々町一つ分くらいが限度だろう。

 だが、本物の月を持ってきたとはどういう事だ?


「まさか月を持ってきた訳でもないでしょうし」

『……』

「……え?」


 え?


 彼は言った。今、彼女の神域魔法はを覆っている事を。それだけでもおかしいというのに、更に効果を高める為にこの場に物理的な月を浮かべたのだ、と。

 では月を動かしたのか、と問うとどうやらそうでもないようだ。


『あの月は突然現れました。そして確かに、あそこに存在している……地球から十五万キロメートルの位置に』

「月を……作った?」

『……』


 彼は沈黙する。それは、今の私の言葉が正しいということを示していた。

 作る? 月を? 一体、どうやって?


『しかも彼女は、月を作った事による地球への影響を考慮して月全体を質量を無くす結界で覆っています。これにより潮汐などは発生せず……』


 彼の説明は、もう私の耳には入っていなかった。


 要するに、彼女がやった事はこうだ。

 まず神域魔法で世界全体の空を騙し、夜にする。そうする事で空には幻影の月が投影されるのだが、それだけではまだ不十分だとして幻影の月を本物の月と取り替えた。しかも元からある月を持ってくるのではなく、自分で作るという方法で。


──実際、世界各国の宇宙開発機関は今騒然としていた。

 何しろ突然日本の上空十五万キロの宙域に月がもう一つ現れたのだから。しかも重力は一切感じられない。


 だが、彼女の魔法はこれでは終わらない。


「"収束ギャザリング"」


 その呟きの直後、辺りが夜から朝に戻る──ただ一箇所、雲雀の場所以外は。

 ただその蛹がある場所だけはまるでポッカリと穴が空いた様に暗くなっているのだ。


『一度世界全体に展開した神域を、彼女の場所のみに収束させた……?』


 ツクヨミ様が言う。


『こんな使い手は、これまで一度も見た事がない……輝夜、彼女は本当に人間なのですか?』

「……それは、私が聞きたいのですが」


 何なんだ、目の前で行われている光景は。

 彼女は私の魔法をと言っていた。何故、たった今初めて使う魔法を数年間使ってきた私よりも使いこなしているというのだ?


『最早彼女は神の域に……いや、神そのものと言っても過言ではありませんね』

「……」

『輝夜、我々は基本的にあなた達のする事には口出ししないと決めていますが……ことこれだけは言っておきましょう』


 普段は冷静沈着な彼の口調から今だけは焦りを感じた。


『彼女に下手に手出しをするのはやめておいた方がいい。人の身で小細工をして勝てる相手ではありません、あれは』


 あなたが、そこまで言うのか。


「"月夜廻廊-繊月せんげつ"」


 当然の様に魔法を使う。まず使ったのが、対象の心を開く魔法。


「"月夜廻廊-新月"」


 対象の心の中を魔法──心の中に侵入した際に、きちんと移動し干渉出来るようにする。

 もしも私が使っていたならば今の雲雀に対して干渉する事など出来なかっただろう。だが、世界全体レベルの神域を半径三メートル程度の空間に凝縮するという力技によって魔法の精度と効果は何万倍にも引き上げられている為あっさりと成功させていた。


 と、そこで彼女が振り向き、言う。


「私が、侵入している間……全力を注ぐので、防壁魔法が解ける、です。なので一応、呼んでおきましょう……」


 指先を噛み、血を数滴ばら撒く。


「"召喚サモン"──『黒虎ブラックタイガー』『蒼隼スカイファルコン』」


 その血が蠢き、黒い虎と青い隼に変化する。

 彼女が言うにはこれらは戦闘用の使い魔らしい。使い魔……まさか、先日私の魔法を抵抗レジストしたスズメって


「それでは、行ってきます……快人、比奈、織主さん、しばらく、お願いする、です……」

「師匠! ……雲雀を、お願いします」

「ええ……任せる、です」


 フフ、と淡い笑みを浮かべ、彼女は呟く。


「"月夜廻廊-天満月あまみつつき"」


 瞬間、彼女の姿は掻き消えた。

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