決勝戦は大抵邪魔が入る

 それは、雲雀達がゲームに興じた翌日の事。


『これより魔法大会決勝戦を開始する! 選手入場!』


 審判の声で、フィールドの両側からそれぞれの選手が入ってくる。

 片やAブロックで圧倒的な魔法を見せつけた平民出身の謎の魔女、朝露咲良。

 片やBブロックで圧倒的な身体能力を見せつけ拳と脚のみで勝ち進んだこれまた平民出身の広野心愛。

 例年ならば決勝戦では十華族やそれに連なる者が争うのが普通であったのだが、今年は両者共に平民出身である。明らかな異常事態ではあったが、会場のボルテージは最高潮に達していた。

 何しろ、二人共に戦闘スタイルがあまりにも異質なのだ。咲良は一回生なのに"神域"まで使いこなし、心愛は逆に魔法を一切使わない。そんな正反対の二人が戦うのだ、気になるのは当然であった。

 二人が魔装に着替える。咲良は露出が少なく、心愛はほぼ全裸。こんな所でも正反対だった。


『それでは、試合かい──』


 だが、審判のその言葉が最後まで言われる事はなかった。



「両者動くな!」



 その声と共にフィールドに数人の女性、そして一人の男が入ってくる。

 女性の方は黒の狐の仮面を被った露出の高い和装──魔装を纏っており、そして男の方は軍服と警察服の中間の様な服装をしている。

 鍛錬所の中がざわめきに包まれる中、男は叫ぶ。


「私は特別高等警察の柊霞未かすみである! 両者、魔装を解除せよ!」


 特別高等警察、その単語が出た瞬間にざわめきが消え、しん、と静寂に包まれる。

 特高の非道さは皆もよく知っており、目をつけられるのが恐ろしく黙ってしまうのだ。

 彼は静まり返った観客席を視線で見まわし、最後に咲良を見定める。共に入ってきた女性らがそれぞれの固有兵装を構え彼女を取り囲む。

 そして彼女が魔装を解除し普通の制服姿になったのを確認し、指をさし宣言した。


「朝露咲良。貴様を国家大逆の容疑で逮捕する」


 それを聞いた彼女の表情はぴくりとも動かない。だが会場内は再び喧騒に包まれた。

 当然だろう、自分達の同級生が逮捕されたのだ。それも国家大逆──罪が確定すれば確実に死刑となる代物で。


「ま、待ってください!!」


 咲良と霞未の間に観客席から快人が飛び込む。彼は驚愕と怒りが混ざった様な表情を浮かべ、言う。


「し、咲良はそんな事しません! 何かの間違いです、何より証拠はあるんですか!?」

「ちょ、ちょっと快人! す、すみません……でも、私も何かの間違いだと思います。彼女はオークから私達を助けてくれたんです」


 遅れて来た比奈が酷く慌てた様子で彼を制止しつつ、だが霞未に反論もする。

 それに対し、彼は無表情のまま静かに告げる。


「藤堂快人、若草比奈。我々は国家の代理としてここに来ている。それを妨げるとあれば君達も同罪となるぞ」

「「っ……」」

「賢明な判断だ。連行しろ」


 同罪、その言葉で二人の動きは止まってしまう。

 特高は任務遂行の為ならば如何なる事もする──何の罪も無い彼らの家族を拷問する程度、何ら特殊な事ではないのだ。


「ちょっと待ったーっ!!」


 と、そこで割って入ったのは咲良の対戦相手であった広野心愛。


「何が何だかよく分かんないけど、証拠も無いのに悪人扱いするのはこのボクが許さないよ!」

「広野心愛、控えたまえ。君や君の大事な父親がどうなってもいいのか?」

「っ……で、でも! ボクはヒーローなんだ、皆を助け……る……」


 そこで彼女は糸の切れた人形の様に倒れ、すうすうと寝息を立てる。こうなる事を予測していた輝夜が事前に彼女に細工していたのだ。

 倒れた彼女を見た快人達は目を見開き、そして咲良に向けて呼びかける。


「し、師匠! 何か言ってください!」

「咲良!」


 二人の言葉に、今まさに後ろ手で手錠をかけられていた咲良は言った。


「少し……待っている、です。私は、人は傷付けたく、ない……きっと話せば、分かる……」


 そんな事はない、二人は叫ぶ。特高が一度捕まえた人間を解放した例は無い。

 大抵は本当に有罪だし、本当に無罪であったとしても組織のプライドの為に罪を仕立て上げ、または隠滅の為に殺してしまう。収監中の病死は日常茶飯事であった。


「それに……」


 会場から出る為に消える直前、彼女は振り返り、言う。


「私は最強、ですので」


 そうして彼女の姿は掻き消えた。



 ざわめきが大きくなる。

「何かおかしいとは思っていた」「やっぱりそうだったんだ」「そんな風には見えなかった」「信じられない」「彼女がそんな事する訳ない」──皆がそれぞれ好き勝手に言い出す。咲良の魔法が明らかにおかしかった事、そして彼女が特に反抗もせずに連行された事もあり有罪論が優勢であった。


 そして、そんな中。


「……あ……そ、ん……な……」


 絶望し、放心状態になる少女が一人。


『コロセ』

「わたし、の……せ、い……?」


 秋空雲雀は、友人が連れていかれる様を目の当たりにし、そしてその心当たりが一つある事に絶望していた。

 その心当たり──即ち、自分に関わった事である。同じく関わった快人や比奈と明確に違う点は、彼女が自分に魔法を使っていた事。


『コロセ』

「あ、あ……」


 ダンジョンの一度で私がハイネスヒールも拒否していれば。

 私が彼女に頼らなければ。


『コロセ』


 私が彼女に──出会わなければ。




「……は?」


 私は目の前で繰り広げられている光景が信じられなかった。

 特高。原作でも存在する悪名高き組織ではあるが、ここまで序盤に出張ってくる筈ではないのだ。原作ではもっと後に快人が逮捕されるイベントがあり、一時的に国から狙われる事となるのである。


「え、嘘。咲良ちゃん?」

「そんな事するようには~、見えなかったけどね~……」


 千絵や佳奈も困惑している。二人は咲良は無実派の様だ。

 だがそれを表立って言う事はない。二人は平民出身であり、何か大きな後ろ盾がある訳ではない。特高に少しでも目を付けられれば終わりだ──自分のみならず、その家族までも。

 そしてそれは私も同じ。私一人だけなら逃げられるかもしれないが、家族は無理だ。二度目の人生とはいえここまで育ててくれた両親には感謝しているのだから、それを見捨てるなど絶対に出来ない。そんな人間は他にも大勢いるのだろう。


 しかし、何故ここで特高が?

 確かに咲良は怪しい。滅茶苦茶強いし、神域まで使いこなしちゃう。とても一年目とは思えない。

 でもそれなら、逮捕するならばもっと早くでもよかった筈だ。何故今?



「──あ」



 と、そこで視界の隅に雲雀が映る。彼女の顔は絶望の海に沈み、今にも死にそうな状態だった。

 そこで私は特高を遣わした者の意図を察する。

 要するに、学園に居る他の強者と違い、全くもって実力を把握しておらず管理下に居る訳でもない何をするか分からない彼女を学園から引き剥がしたいのだ。もっと前では逃げられるかもしれないから、このタイミングで。

 本当に少しでも時間が稼げればいいのだ。雲雀が暴走し、、ほんの一瞬。


「……っ、くうっ」


 私は自分の顔を手で覆う。


──今、私は少し。トップクラスに重要なイベントが原作通りに進みそうな事に。

 それに自己嫌悪した。今目の前で一人の少女の人生が終わろうとしているのに、私はそれにホッとしてしまっている。


「この、クズ」


 私は一人呟いた。




「嘘、だろう?」

「……」

「輝夜、嘘だと言っておくれよ。君、知ってただろう?」


 観客席の上部に設けられた特別席、そこで私は隣で目を伏せる輝夜を見つめていた。


「……ええ。知っていました」

「だったら止めなよ、あの子何もやってない……寧ろ助けてくれたじゃないか」

「そうですね」


 その言葉に、私は思わず彼女の胸ぐらを掴んでいた。


「すっ、睡蓮紅葉! きさ──っ……」


 背後に控えていた朧が激昂したのを、私は固有兵装の刀だけを出現させ、彼女の首元に突き付ける。

 自らが魔装に変身する暇すら与えられず刀を向けられた事で彼女はその場で硬直し、冷や汗を垂らしながら私を睨み付ける。


「君、分かってるのか。特高に逮捕される事の、意味」

「ええ」

「──ッ、君は今、一人の無辜の少女を見殺しにしたんだぞ!!」


 私の語気が強まる。

 確かに咲良は怪しい。明らかに契約して一ヶ月の実力じゃないし、言動だって色々おかしな部分はある。

 だが、それでも私には彼女が国家を転覆しようとしている、なんて事は思えなかった。彼女が学園を救ったのは確かな事実なのだ。

 少し強いだけの友達想いの良い娘──それが、私が彼女に抱いている印象だった。


「アタシは寮長だ、寮生を守る義務がある」

「そう、それはいい心掛けね」

「……君には幻滅したよ」


 そう言うと、私は胸ぐらから手を離す。そして踵を返し、部屋から出ようとする──瞬間、視界の隅に映った物があった。


「ね、姉様」

「楓……?」


 それは私の妹、楓。彼女が狐面の女に刀を突き付けられている様子。

 私はすぐさま彼女を助ける様に動き、少し遅れて気付く。


「しまっ──」


 に気付いた瞬間、私の視界がぐにゃりと歪む。

 薄れゆく意識の中、目の前に居た楓の姿が朧へと変わり、狐面の女の姿が消える。

 私はまんまと引っかかってしまったのだ、輝夜の罠に。


「……ごめんなさいね、紅葉。でもこれは貴女達を守る為でもあるの」

「かぐ、や……」

「しばらく寝ていて。全てが終わる、その時まで──」




 皆が皆、それぞれの相手と話していた。

 やはり我慢ならず突っかかろうとする快人を比奈が泣きながら必死に押さえ、雲雀は絶望の放心状態、芽有は自らを罵っている。

 輝夜はそんな彼らを見つめ、紅葉と心愛は彼女の魔法によって深い眠りについている。



──だからこそ、彼女が連行されている途中に自分の血を数滴落としていた事など、誰も気付かなかったのだ。

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